日本全国8時です
7月17日 個人的な記念日
きょうの荒川さんは、「個人的な記念日」について、でした。
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このほど出版された
小関隆編『記念日の創造』(人文書院)は、世界のいくつかの記念日にまつわる話。
記念日は、すべてが自然発生したものではない。
この本にも、ナチスがあれやこれやで、次々に「記念日」をつくり、
国民を統制支配していくようすなどが書かれている。
記念日は
1・記憶のうすれかけたものを再生。
2・記念日、記念行事を共有することを通し、集団(国家)のなかの
個人を意識させる。
3・設定することで、注意を喚起させる。
とはいえ、記念日は、個人でもつくれるもの。そこで思い出すのが、
《「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日》
俵万智の歌集「サラダ記念日」から、ちょうど20年。
誕生日、命日などの他、その人その人で、思い出の記念日を「創造」できる。
けっして最近の風潮でもない。「個人の記念日」のはじまりに、
イギリスのロマン派詩人・ワーズワース(1770~1850)がいるように、
ぼくは思います。
ワーズワースは、湖水地方の美しい自然風景うたい、世界じゅうに
大きな影響与えた。彼があらわれるまで、「風景」にはそれほどの価値はないと、
少なくともイギリス人は見ていた。
イギリスの哲学者アラン・ド・ボトン『旅する哲学』(集英社・2004)によると、
ワーズワースは、ささやかでも決定的な自然を見た瞬間、詩に「日付」を入れる。
「旅の途上、ワイ渓谷の河岸を再訪して。一七九八年七月一三日」と。
「渓谷を見おろす田園での束の間の時が、人生でもっとも重大で有意義な時間の
仲間入りをし、誕生日や結婚記念日と同じに、
正確に記憶すべき価値を持つものとなっている」と、ボトンは書く。
心がふさいだときでも、
自然の木立のなかを歩く自分の姿を思い浮かべると、心が澄む。
そう思わせることになった過去の一日(記念日)がある。
何がが「ある日」から、はじまった。そんな記念日に思いをはせてみたい。
7月10日 白川静の文字学
まず、お知らせ。
荒川洋治さん2年ぶりの新刊『黙読の山』が、みすず書房から発売されました。
エッセイ集です。 冒頭は、スタンバイで去年の年末に行った中国・広州での話。
ぜひお読み下さい。
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きょうの荒川さんは、白川静氏の文字学について、でした。
本の中では、日本語のことば、文字についても書いている。今日は、そんな文字の研究の第一人者、地元の大先輩でもある、白川(しらかわ)静(しずか)の「文字学」の話を。
「漢字についてこれ以上は調べられない」ところまで追及、本家中国の学者も
わからなかったことをたくさん発見! いま白川さん関連本が大変な人気。
福井県は先週7月2日、白川文字学を 小学生にも教えられるよう
学習要領の一部緩和の「漢字教育特区」を内閣府に提案。
小学生の漢字(1000字)は学習要領によると「草」は1年、「薬」は3年で習う。
でも白川文字学では、同じ「草かんむり」の字を同時に理解。
福井では、1年生のとき「草」も「薬」も学ぶようにしたいという。
白川さんの漢字の研究の仕方は、あたらしい。
従来の漢和字典は、紀元100年(後漢)、許慎が書いた「説文解字(せつもんかいじ)」に依拠。
漢字成立期の甲骨文字(1899年発見)や、金文(殷・周の時代)の
存在知るよしもなく、字の成り立ちが見えていない。
白川氏はそんな甲骨文字、金文の「原」字形もとに「系統的」に解く。
「字統」「字訓」「字通」(平凡社・三部作)はむずかしいが、
業績まとめた『白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい』(共同通信社)は7万部超。
平明に書かれているが、これでも「まだ」むずかしい。
そのまた解説書が、必要かもしれない(笑)。
白川文字学の特色は...
「原」字形から成り立ちと意味、明かす。 おどろきの連続。
たとえば【犬】
・古代文字で、犬の姿。犬はいけにえとして尊いもの。
「犬」のつく文字は「いけにえ」にかかわる。
・「伏」は盛装の武人とともに、犬が武人護るために
同じ墓に埋葬(ふせる、うめる)。
・「然」は犬と火。犬を焼いて、その匂いを神に届ける。
そこから「燃える」。然は「燃」の元の字。
・「戻」は、旧字は「大」のところが「犬」。家の出入口に
いけにえの犬を埋め、悪魔が退散。そこから「もどる」。
※など、他の字典で書かれてないことばかりです。
しかしどうして、漢字のもともとの意味がわからなくなってしまった?
旧字体を捨てたことは大きい。当用漢字の発表から、去年で60年(白川氏死去の年)。
この戦後の改革で、次々に新字体に変わった。漢字の原義が不明に。
字形本来の意味を誤って理解した人たちが、新字を推進。
「誤りを正当として生きなければならぬという時代を、
私は恥ずべきことだと思う」(白川静)。
白川氏のたゆみない研究により、古代中国の社会と宗教の深い結びつきから
漢字が生まれたと知る。当時の人は、神とか生き死に関することなど、
きわめてだいじなことしか、文字に書かなかった。
また、「あやまった漢字の世界」で、わたしたちが生きてきたことも知る。
パソコンなどで接触多くなり、(でも書けない)不安と、(もっと知りたい)好奇心。
文字は「文化の基本」。単なる「物知り」に終わらない理解が、期待される。
7月3日 アメリカ文学
きょうの荒川さんは、アメリカ文学、特に草創期の話でした。
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あした7月4日は、アメリカ独立記念日。
いまから231年前のこと。
それ以来、本格的にアメリカ文学は始まった。
いまそれほど注目はされない、アメリカ文学草創期の作品を
ぜひ読んでほしい。アメリカ文学の古典。
(ロシアやフランスに比べて、アメリカ文学の古典の扱いは冷たい?)
マーク・トウェイン、ヘミングウェイ、スタインベックはもちろん、
古くは、エドガー・アラン・ポー(1809年生)。ほかに、メルヴィル、サリンジャー。
ソール・ベロー、マラマッドなどユダヤ系の作家たちも活躍。
※でも、独立記念日ということで、まず話すべき人はこの人。
アメリカ文学草創期の文豪、『緋文字』(ひもじ)のナサニエル・ホーソーン。
なんと1804年、7月4日生まれ。
ヨーロッパに比べアメリカは「歴史」の浅い国。
そのなかでアメリカ独自の情緒や楽しみを追及したのが、ホーソーンの功績。
※先祖は1630年代移住の、清教徒の家系。
●代表作『大いなる岩の顔』『大望の客』
ホーソーンの小説の時間は特異。これまで経験したことないスピード、あるいは
ゆるやかさで、読者は、自分の人生をかけぬけることに。
※それでもアメリカの、ヨーロッパへのあこがれと劣等感は続いた。
※ヘンリー・ジェイムズ(1843年アメリカ生・祖父アイルランドから移住)は、
生後6か月から父母と、ヨーロッパ旅行。
生涯ヨーロッパにあこがれ、何度も往復、世界初の「国際小説」の名作。
いまもたびたび映画に(「鳩の翼」「黄金の嘘」「ある貴婦人の肖像」など)。
彼が紡いだ、百年前のことばが面白い。
「過去からの遺産も家具調度もない、寒々と、むきだしで、楽しみを与えられたことも
なく、人を楽しませることもないわれわれの巨大な大陸では、われわれは、いわば、
われわれを支える大地の匂いをじかに嗅ぎながら坐っているようなもの」
「過去をもたず、単純でむきだしなアメリカ」。
ヨーロッパは「ある瞬間には、きらびやかな表面と思われたものが、次の瞬間には
ほの暗い深淵に見えるというように測りがたい」「記憶もとどかぬほどに古い、
複雑な、重層的な世界」「ガラス窓越しに見る、まばゆい菓子」。
※「歴史をつくる」という姿勢が、いまも感じられる国。
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荒川さんの、特に草創期のアメリカ文学のおすすめは
1 ホーソーン「緋文字」
2 スタインベック「朝めし」(新潮文庫)
3 オコナー「フラナリー・オコナー全短篇」(筑摩書房)など。、とのことでした。
6月26日 歴史家・網野善彦
きょうの荒川さんは歴史の話でした。
各書店でもコーナー設立が続く、網野善彦氏について。
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18巻に及ぶ『網野善彦(あみのよしひこ)著作集』(岩波書店)がスタート。
日本人の歴史観に新鮮、かつ大きな影響。いま書店の歴史コーナーは、
網野さんの本がひしめく。これまで歴史に興味ない人たちも、読む。
文学、芸術界にも大きな影響(映画やコミックなどにも影響が見てとれる)。
戦後最大の歴史学者という人も。
1928年山梨生まれ。2004年に76歳で亡くなるまで、
地道な実証研究をかさね、従来の「日本史像」を転換。習ったことのない日本史が、そこに。
ぼくも網野さんの本で、生まれて初めて歴史に「さわれた」と思った。
今日、歴史の常識とされるものに、ひとつひとつ疑問投げかけた。
たとえば...
1.「日本」という国名。これは7世紀末から使われたことば。
この事実知る学者は専門家でもほとんどいない。
それまで「日本」はなかったのだから、
7世紀以前の古代社会を(縄文、弥生時代なども含め)「日本」と呼ぶべきではない、と。
「日本」と、「日本」以前の混沌とした世界は、異質なものであると主張。
2.江戸時代。農民と呼ばれた人たちは、届け出は農民でも、
非・農業の活動(商業、海を通して交易する海民など)が多かったことを、
能登・時国家などの資料から実証。「鎖国」「島国」とは名ばかり。
和歌山の人たちなどは、はるか南太平洋まで漁に出た事実。
これまでの「農業中心」で見る歴史観をくつがえした。
3.これまで見過ごされてきた、商人や職人、人権を制限されてきた女性などが、
日本の歴史のなかで、きわめて重要な役割を演じてきた事実、再評価。
人のもっともいみきらう仕事につく最下層の人たちが、実は神社、仏教との
「隠れた」つながりをもち、かけがえのない、神聖な役割をになうなど。
網野史学の最大特徴は、「人間が本来もっている原始の野生(自由)が、
国家や権力によって失われていく」過程とし、日本の歴史全体をみる点。
特に、有名なのは「無縁」の発見。
日本の中世(鎌倉・室町)は、疫病がはやり、封建制度の呪縛きびしく、
あちこちで戦さ、死臭漂う「暗い」時代とされてきたが、ちがった。
各地の荘園や村落、寺社に残された史料によると、「無縁」と呼ばれる場所が、
列島各地に存在していた。悪いことをした罪人でも、一部の山林、墓地 、橋、
河原(ここから芸術が発生)、津泊、寺、市場(楽)に逃げ込むと、俗権力は
それ以上追及せず、放免。
公式記録に出ない、「無縁」(自由)の場を、暗黙のうちにつくり
育てる「やわらかな原理」が列島各地に働いていた。
個人そのものが「無縁」とされる例も(遊行の女性など)。
いつも死と隣りあわせだけに、人も社会も(権力の側)も
現代に比べると「心優しい」一面。
それは封建社会完成の過程で、少しずつ日本社会から消える。
昭和始めまで「駆け込み寺」などに、おもかげをのこす。
中世の研究などする人いなかったが、「無縁」説以来、
日本史を学ぶ人たちは中世に関心大移動。
結果、読者の「歴史」全体への興味を拡大。
いま各地の書店でフェアをやっている。
いずれの本もベストセラーで、文章もすばらしい。
6月19日 旅行作家
きょうの荒川さんは、旅行作家について。
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そろそろ夏の旅行のことを考え始める時期。
そこで今日は「旅行作家」の話。旅行記事、旅行ガイドが専門。
旅行関係で仕事をする人は、写真家でも、「旅行作家」と名乗ることもある。
日本旅行作家協会は、1973年設立。斉藤茂太さんが創立会長。
去年亡くなったため、今年、第2代会長に兼高かおるさんが就任した。
戸塚文子さん(1913―97・「旅」編集長)、西丸震哉さん(食生態学・登山家)ら。
会員の職種は多彩だが、やはりそれなりに名のある方が多い。
ですが当然、この協会の会員でない「旅行作家」も多数いる。
むしろ、そっちのほうが多いかと。
市販の旅行ガイドの巻末に、その本にかかわった人、あるいは著者が記されるが、
その人たちが「旅行作家」。実際の肩書は多様。
●レールウェー・ライター(種村直樹・周遊券制度では第一人者)、
●ドライブ・ライター(『東京周辺日帰り行楽ガイド』の前田吉春)なども。
具体的には、旅行ガイド本文の執筆。
観光地を訪ね、詳しい紹介、神社、博物館の案内・沿革、交通(徒歩*分)、
宿泊、周遊コースの設定など。祭など行事も。地域別・沿線別に構成。
写真家が、撮影しながら、ひとりで書くことも。
旅行作家は、いろんなところに行けるが、つらいことも多い仕事。
1・旅行ガイドは、その作家の「著書」とはみなされない。
2・広範な基礎知識が必要。
3・宿泊料・入館料、列車のダイヤ等、半年、一年で変わる。
道路不通・鉄道新設・廃線も。つねに改正、余儀なくされる。
※よくカイドの巻末に「このガイドは読者、関係者みんなでつくるものです。
読んでお気づきの点がありましたら、また、使ってみてわかりづらい地図など
ありましたら、なんでも結構ですから、愛読者ハガキでどしどしお送りください」。
※「情報の新しさ」が、つねに求められる世界。
予算もだいぶ厳しいのが、本を眺めていても伝わってくる。
旅行ガイドをよく見ると、旅行作家本人らしき人が、写真にうつってたりします。
●Y社、豪華版『関東周辺温泉・宿ガイド』。
栃木・山梨・群馬・神奈川などの奥地の温泉およそ80、カラー写真と、文で案内。
嵯峨塩温泉(山梨・大菩薩峠奥の一軒宿)の露天風呂につかる人(やせた60代の
男性)と、笛吹川奥地・一之橋温泉(一軒宿)の岩風呂につかる人、
石和温泉の奥・春日居温泉の浴場につかる人は、よく見ると、なんと同一人物!
むかしは、文学者が書きました。
大橋乙羽(小説家・明治2年・羽前生まれ)、大町桂月(文人・同年・高知)が
「旅行作家」のはじまり。「美文」で、各地の景勝を伝え、人気。
明治の文豪・田山花袋も『温泉めぐり』で(岩波文庫・今月の新刊。
初版は大正7年、当時47歳)、全国の温泉を歩いて案内。
浅間温泉(松本近くの温泉)から、木曽福島(友人・島崎藤村に会う)まで、
今日の鉄道距離60キロを、9時間で歩いている、脅威の韋駄天ぶり。
「平民的にも貴族的にも暮らせる温泉である」
「(この湖はよくない)湖水も老衰し・・」のように、文学的表現。おおざっぱ。
※いまは、旅行作家も「専門分野」を持つ。鉄道、周遊券、青春18切符、
廃線紀行、ドライブ、日帰り旅行、露天風呂、多種ツアーなど。
※読者の要望も、多様化した。地味ながら、これからも進化する仕事だといえる。
最近はヴィジュアル・情報主体になり、ガイドの「文章量」が少なくなった。
旅行「作家」の持ち味が出ないのはさみしい。
※ただ、難しいのは、原則として、旅行作家は「作家」になってはいけない。
フィクション、私見を書いてはならない。主観的文や・随筆は書かない。
※同分量で、公平に、各地を扱う。
あくまでも、利用者のための、いい案内役をめざす。そこに妙味。