日本全国8時です
5月8日 ぼくの文学地図(福井県立図書館・荒川洋治展)
きょうの荒川さんは、本当は別の話題を用意していたのですが、話の流れで、
この週末に講演会を行う予定の「荒川洋治展」(於・福井県立図書館)のおはなし、
さらにはそこで展示されている、荒川さん完全手書きの「文学地図」について、でした。
福井の近くにお住まいの方は、現物をご覧にいかれては?
荒川洋治展は、5月27日まで開催。
今週の土曜日、5月12日午後2時からは、荒川さんの講演会があります。
詳しくは ⇒ http://www.library.pref.fukui.jp/furusato/furusatokikaku.html
5月1日・お土産について
なにしろ、荒川さんが旅行先でまず考えるのは、土産。これをすませないと落ち着かない、、そうです。
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もともと「みやげ」という言葉の古形は「見上げ(みあげ)」から来ている。
「よく見て、調べ、人に差し上げるもの」。実際、たしかにそう。
旅行に行けば、土産のことばかり考えます。
▽旅が終わりかけのころ、気になりはじめる。
▽まず、どのみやげ店かを選ぶのにひと苦労。
▽重く、かさばらない。つぶれない。
▽「また同じもの」では・・。月並みではないもので個性を出せるかどうか。
▽よく吟味した感じがするかどうか
▽日もちがするか(山口で「ういろう」買い、日持ちしないので、
途中で食べちゃいました。松任のあんころなどもよく途中で・・
▽カバンなどに、どう収めるか。ぺちゃんこになったりする。
もらったとき、独特の包装のしわが・・・。
▽置き忘れないか注意する。
というわけで、気を配ることばかり。旅行を知らせないわけにもいかない。
お土産は定番ものでよい(と言いたい)。
文学のなかのみやげ。漱石『坊ちゃん』。
坊ちゃんが「何を土産に買って来てやろう。何が欲しい?」というと、
奉公の老女・清(きよ)は「越後の笹飴が食べたい」。
〈「俺の行く田舎には笹飴はなさそうだ」(注・第一方角がちがう)というと
「そんならどっちの見当です」「西の方だよ」と云うと、「箱根の先ですか手前ですか」と問う。ずいぶん持て余した。〉(注・坊ちゃんは松山へ行く)
つまり清さんにとっては、人がどこへ行こうと、土産は「越後の笹飴」。
土産は、そんなもんでいいんじゃないか、とも。
ちなみに、現在売っている実際の「越後の笹飴」には
【「坊ちゃん」に出てくる!】というコピーが袋についています。
宮沢賢治、中原中也など、文学者ゆかりの土産品もふえた。
越後湯沢には、川端『雪国』ゆかりの「駒子弁当」とかも。
みやげ品の原点は、お寺や神社にあるようです。
中世末、今日のみやげものが生まれた。
近世になると神社参詣、湯治、旅行の折に「青海苔」「わかめ」「ふのり」「鰹節」
「鯨のひげの器物」「編み笠」「笙の笛」「杓子」など。
江戸時代には修験者(しゅげんじゃ・山伏)が、熊野などで土産物屋を開き、参詣信者に販売。
宗教の世俗化が、土産の流行をうながした?らしい。
土産は、内外を問わず、旅が容易にできなかった昔の人たちには、
異土(いど)異国への、あこがれと夢を与えた。
私の父が漁船関係の仕事で、全国の海のある県を回る。いつも土産を。
まだ見ぬ土地の話を、土産と共に(だから今でも土産好きなのか)。
土産には、旅の土産話がつきもの。それをもとに楽しい話できる。
ありきたりな物、単純なものが、みやげらしくて、よろこばれるときもある。
手渡すときで終わりだから、あまり説明のいるものでないほうがいいのかも。
今でさえ、お土産をいただくと、旅先の風が吹きこむ心地。
連休のあともらえる、お土産に期待しましょう。
4月24日 送り仮名の決まり
きょうの荒川さんは「送り仮名」について。
きっかけは話題の昼ドラマのタイトル。
今、あるテレビドラマが話題。昼に放送している「昼ドラ」。『麗わしき鬼』という。
じつは送り仮名にはハッキリ決まりがない。送り仮名はいまも「決定」していない。
たとえば戦前は「麗わしい」(昭和18年・金田一京助「明解国語辞典」ほか)しか
辞典にない。
歴史/漢文訓読から始まる。添え仮名、捨て仮名。明治・大正・戦前までは決まりなかった。
読み誤り防ぐため、昭和34年「送り仮名のつけかた」(内閣訓令)、
48年改訂(内閣訓令)。田中角栄内閣時代のこれが、ほぼ現行。
あくまで「こうしなさい」でなく、「よりどころ」にというから気楽に構えたい。
(そもそも訓令では、固有名詞は例外、と明記されている)
原則は、語幹はそのまま、活用部分を「送りがな」。でも、迷うことは多い。
●「情け」、「情(なさけ)」/「情」だけでもいいが、「情がある」など「じょう」と区別するため、
いまは「情け」。漱石は「情け」。幸田露伴も「情け」だが、「情無い(なさけない)」のときは「け」を抜くなど、文豪もまちまち。
漱石は長編「行人」では、「笑いかけた」(25章)「笑ながら」(19章)。
つまり、笑「い」の、送り仮名もまちまち。
ともかく原則あるが例外だらけ。
●「明るい」は活用をいうなら「明い」。文語に「明かし」があり「明い」としたら、
アカイ(光がみちる)かアカルイか区別できない。この他に「明ける」「明らかに」という別の語幹があり、
この場合は「明きらかに」とすべきだが、冗長なので「明らかに」で、いいらしい。
●読み誤りのない範囲で「仮名を少なく」の方針から、
昔は「行なう」→いまは「行う」に。
でもそうすると「講演会へ行(い)った」「講演会を行(おこな)った」が一目で
わかりにくいという問題も。
以上のとりきめは、あくまで「よりどころ」。
送り仮名の問題についての
正しい答えは「どちらでもいいんじゃないですか」だとも言える。
文章のうまい人、それで長いこと無事やってきた人の意見に従うのがいちばん。
50歳以上生きたら、加減はわかる...。
いまは、原稿は字数で書く時代。送り仮名は短縮できるコーナーなので便利。
送り仮名に、決定事項なし。原則をにぎりしめていても役にたたない。
仮名の比率、その文の空気を一定にする程度のこころがけでいい。
この問題をあつかう書物の名は『言葉に関する問答集』(文化庁)。
疑問点はいまもいっぱい。みなさん気楽に。
4月17日 「文士の写真集」
※一冊の写真集がいま話題。『輝ける文士たち』(文芸春秋)。
※戦後からおよそ30年間、文芸春秋の写真部だったカメラマン・樋口進さん(84歳)が
有名な作家たちを撮影した。それをまとめたもの。
※いまや文壇の貴重な資料となった(一部未発表)。268人。
※谷崎潤一郎、武者小路、志賀、川端康成、三島由紀夫、松本清張、吉行淳之介...
この写真集には文壇のスターが勢揃いしている。
※文士の写真集は、これまでも名写真家のものがいくつかあるが、
この本は「普段着」の感じ。そこが面白い。
※街歩き、書斎で、座談会で、文士芝居、芥川賞選考会場、自宅の庭、
野球、ゴルフ、風呂場で裸の二人(今日出海・坂口安吾)や、
女性4人と温泉に入る山下清の姿も(草津で地元の女性と)。
※三島は「太宰・大嫌い」のはずなのに、書棚3段めに太宰本が写っている。
3段目は、もっともよく取り出す棚(畳にすわった三島から取りやすい)。
※当時、文士たちはよく集まっていた。
文壇は、いまほどマスコミに支配されない。
だからこそ文士たちは運命共同体の意識。集まりも多い。
教科書を大切に
きょうの荒川さんは、入学・新年度のシーズンに、教科書を大切に、という話でした。
※春。中学、高校、大学など入学の季節。
さらには生涯教育、社会人講座など含め、新入生があふれている。
そこで今日は、この時期に半ば強制的に持たされる教科書類を「たいせつ」にというお話。
※たとえば大学で買わされた教科書、副読本、プリントなどは、「試験」のことを考え、
ほんの一部しか読まないし、身近にあって遠ざけたいもの。
でもあとから思うと意外にいいもの。先生たちが、いちおうふるいにかけているだけあって。
※僕の大学一年、最初の授業のテキストは、スタインベック『チャーリーとの旅』(1962年)。
教室では原著だったが、英語苦手なので日本語訳(1964弘文堂、大前正臣訳。
ポプラ社からこの3月、竹内真訳で刊)で読む。
※アメリカに生まれたし、アメリカについて書いてきたのに、アメリカという国を
知らないことに気づいたスタインベックは愛犬チャーリーを連れ、小型トラックを運転、
アメリカ大陸一周の旅に出る。それが58歳のとき。
※いまならそのことについて何か思うが、学生のときは何も感じない。
今日の授業はチャーリーか…と、教室まで連れていくだけ。
※ただ、この本が何ももたらさなかったかというとそうではない。
スタインベックの傑作『ハツカネズミと人間』を50歳過ぎて読み、
感動のさなかに「あ、この作家、チャーリーを連れて旅をした人だ!!」と。
※またA先生の講義では、教科書はアーサー・ミラーの戯曲『るつぼ』。
『アーサー・ミラー全集』全4巻の1冊。
いまにして思えば、戯曲を読むことに抵抗を感じずにすんだ。『るつぼ』を読んだおかげ。
★学生時代の教科書は、自分のなかに何かの「種」「感覚」が芽生える契機に。
そのときはなんでもなくても、その人のなかにひきつがれる。軽くはない。
※いいものに、実は出会っている。
そのときは気づかなくても、あとで、二回めあたりにふれたとき、ふれたと感じる。
※大学よりも、あとの人生が長い。ゆくゆくつながることがある。
中学、高校の教科書も同じです。いい文章がいっぱい。ぜひ、周りに学生の人がいたら伝えてほしい。
※「何かに出会っている」のだ。
このことだけは、学生のみなさんに忘れないでほしい。
ぼくも気づかなかったので、えらそうなことはいえません。
※学生の心得。(今や年齢に関係なく)
・教科書のなかに何があるか、人名だけでもいい。少しでも「たしかな」記憶に。
・講義に関係なく、ふだんからノートを一冊もち、メモをとる習慣を。
・情報に支配されず、自分の頭で「考える」力を一番にやしなう。
・よく学ぶ学生の近くにいること。
・その先生が、誰を先生と仰いでいるか知ること。世界がひろがる。