日本全国8時です
8月21日 読書を薦める
夏休みも終わりに近づき、読書感想文など宿題提出もせまる。
残念ながら、こういうことでもないと、本を読まない若者は年々増えている。
先週の産経新聞(8・14)に文部科学省の調査結果。
1か月に読む本の数「0冊」は、児童・生徒全体の11・4パーセント。 高校2年生では26・2パーセント。
どんどん本から離れる。
今日は生徒、学生たちが、本に親しむ方法を考えたい。
本当は名作を読んでほしいが…。以下、ぼくの提案。
1・課題図書を、なくす。
大手出版社、人気作家のものなど、きわめて偏向。または、ありきたり。 おとな向けの本、子供向けの本を分けることも問題。 川端、芥川、太宰の作品など、危険な場面あっても、自由に読ませたいものも。 映像ではなく活字は、何が飛び出しても批判力を育てるもの。
2・父親母親が買った本、なぜか家にある本などを読む。
「般若心経入門」「四季の園芸」「海外旅行案内」、 近所か知り合いの風流な人が書いた自費出版の本(句集など)。 お金もかからない。昔はこんな活字だった、こんな紙か、 しろうとっぽい構成だなどとという観察が、勉強になる(笑)。 古い国語辞典もいい。身の回りのものを見つめ、活用。自然な興味めばえる。 名作は、一節を粘りづよく味わう。それでいい。いろんなことがつまってる。
●中勘助「銀の匙」
「生きているもののうちでは人間がいちばん嫌いだった」 繊細な少年。
叔母さんは、少年が嫌いな食べ物も、独特の弁舌で上手に味をつけて食べさせる。 「蛤の佃煮は、あの可愛い蛤貝が竜宮の乙姫様のまえを舌を出して這って歩くということのために、また竹の子は孟宗の親孝行の話が面白いばっかりに好きだった」。 (注・寒中、母の求める竹の子を得て供した)
これだけでも、わかること。
1・繊細な子供は「人間が嫌い」。なるほど、自分もそうだと思えばいい(笑)。
2・伯母の、現代人にはない、献身的な愛情の姿に注目。
3・伯母さんは「ことば」というもので人を動かす。 人間の熱意は「ことば」と深い結びつきがある。
全体を読むともっと感動的だろうが、一節に、へばりつく。
●夏目漱石「こころ」
「先生」を尊敬する「私」。いなかに帰り、親にそのことを言うと、父は「何を教えている人だ?」と不審がる。 「先生」は何を教えてるわけでもないが、青年には「先生」。親には答えられないという場面。
1・現代人には、現実の教師がいても、心の「先生」がいない。まずしい。
2・親にも、人にも説明できないことをかかえることが「生きていく」こと。
地図を片手に読むのも、いい。
とにかく、現実のなかで読む、という姿勢がだいじ。
単なる教材、物語として読むと、興味は生まれない。
8月14日 力ことば
きょうの荒川さんは、「●●力」などの「力ことば」について。
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渡辺淳一さんのエッセー集『鈍感力』の発行部数が、
来月発行分で100万部に達すると発表された。刊行は今年2月。
最近、この「鈍感力」の影響か、「●●力」と題する本や、
記事の見出しが目立ちます。「英語力」「会話力」とか「テキトー力」まで。
そもそも9年前、1998年9月の単行本、赤瀬川原平エッセイ集『老人力』が
ベストセラーに。「ぼけ」や「もうろく」は人間が成熟することで身につく力、
「ゆとり」「遊び」をもって「肩の力を抜いて」生きることの大事さを軽妙な筆致で説く。
続編では「救い」「癒し」といった世界をユーモラスにつづる。
もともと「力」のつく熟語には、わりと抵抗なくうけいれられる語感のもの多いが、
「老人力」はマイナスイメージの言葉と「力」がくっつくことで、
喚起力をもつ言葉として応用される。そこに新味。
あれから9年。「●●力」言葉が多様なヴァリエーションで使われはじめた。
9年は長い。流行語を超えた、それこそ「生命力」をもった。
「力」言葉はますます隆盛。分類すると。
1・マイナス・イメージを逆転させる合成語(複合語)。
→「鈍感力」「テキトー力」など。(「力」をとると、ただのマイナス言葉)
2・従来通りの合成語感覚。
→「英語力」「読書力」「会話力」「漢字力」「日本語力」「国語力」。
3・ユニークなものに「道徳力」「人間力」、「家族力」(山本一力のエッセイ集)、
→「親(おや)力」(書き、話す能力の向上は親の工夫次第、という教育論のタイトル)
・「力」つまり実学、実用的な力をつけたい意識に応える。
・「力」が付くことで、身につく幻想を与える。
・「力」に集約させることで、ものごとを整理したい意識。
特にぼくが興味をもつのは
「読書力」「漢字力」「国語力」「日本語力」という言葉の、教育界における流行。
生徒の学力低下の深刻さも一因だが、おとな社会も含めて
「読書」「漢字」「国語」が身につかないものになってきた風潮示す。
これまでは「学力」という言葉のなかに内包されていた。
分けて考えるとしても、「読書」「漢字」「国語」で十分。
昔は、わざわざ「力」という言葉を付け足す必要はなかった。
これらについての基本的な知識、認識を、教える側の先生でもわきまえない人ふえた。
「なぜ読書をするのか」「おもいやり」「いのちの大切さ」など、
根本的なことがらに、答を用意できない人も。
だから、自然に身につくはずの「道徳」にも「道徳力」と付ける。
会話が不足、常識を教わる環境がない。
学校では、言葉、ことがらの知識教えるが、おとなになると
辞書を引いたりすることもできないなど、生涯の習慣として残らないような
教育法がなされていることにも問題。つまり「教育力」不備。
そのため「力」言葉の本に、飛びつくおとなもふえる。
ものごとは「力」「能力」だけではない。
基本的な感覚を、自然に学びとることが人間の原点。
学習だけではなく、生き方もそう。
もともと「力」という字は、白川静「常用字解」によると、象形文字で、
手に鋤(すき)をもって、田畑を耕すこと。はたらき、つとめるという地道なもの。
ただ、きぜわしい日常のなかで、
てばやく知識、手法を身につけたいという人の気持ちに応えることはたしか。
8月7日 帰省という旅
きょうの荒川さんは、帰省シーズンに合わせ、
「帰省ついでの故郷旅」を推奨していました
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帰省は、「旅」というよりも、郷里へ行くのが目的。
その往復で、終わる。せっかく外に出るのに、それではもったいない感じも。
この機会とらえて、少し時間をとり、目的地の周辺を、歩いてみてはとうか。
ぼくは福井生まれ。いなかに帰ると、なにもせず、ごろごろ。
子供の頃は、意識がないから、同じ福井でも、ほとんど歩いたことがない。
つまり、いまも故郷を知らない。
三国(故郷)は文学の町として知られ、
江戸期遊郭の跡、蓮如上人の寺・吉崎御坊、作家・高見順の生家、
曽野綾子の母の生家、詩人・三好達治のいた家、
小林秀雄が蟹を食べにきた旅館、中野重治の文学記念碑など、もりだくさん。
歩いて、30メートルくらいの所にあるので
「行ってみたい」と思うものの・・「まあ、今度にしておくか」(笑)。
日本最高の和紙、越前和紙の、紙漉き村(岡本)などもあり、
人には「冬の、水の冷たいときに、紙漉きの人たちは・・」などと
わかったように語るが、行ったことはない。
故郷の旅行ガイドは、必携。読むと、知らないことがいっぱい(笑)。
東京の人が、たとえば長野に「旅」するときは
「信州・軽井沢・上高地」などのガイドを買う。
ところが、長野が故郷の人は、そのガイドをまず買うことはない。
日本の文学者は、島国意識がつよいのか、
郷里から離れた地域や、外国の旅行記を書く。
逆に欧米の人は、「知っているようで実は知らない」ところを
旅の目的地にすえることが多い。
アメリカの作家・スタインベック/58歳のとき、
自分は故国アメリカを描いてきたのに、アメリカのことを知らないと思い、
チャーリー(愛犬)をつれ、改造小型トラックで38州、1万6千キロの旅に。
※『チャーリーとの旅』(ポプラ社・このほど新訳)。
1960年9月から12月の旅がまとめられている。
イギリスの詩人エドウィン・ミュア/1934年、46歳のとき
スコットランドの故郷オークニー諸島(イングランドの北端)へ
帰省の途中、おんぼろ自動車に乗り、エジンバラ、グラスゴーなど各地歩き
『スコットランド紀行」(岩波文庫・新刊・7月18日刊)。
「浜辺の貝を集めるように、
その意味がしばしば自分にも不明であるような対象を
あれこれ拾いながらのスコットランド縦断の旅をしてきた」と。
カミロ・ホセ・セラ/(スペインの作家、ノーベル賞)は30歳のとき、
マドリッドの家を出、50キロ北東の高地、住む人少ない
アルカリア地方の村々を「歩き」、
紀行文の傑作「ラ・アルカリアへの旅」(講談社・1991)。
※夕方に村に着き、次の朝また次の村へという、自然な旅。
1946年6月6日から6月15日。
※3年前、スペインの田舎に行ったとき、
ぼくはこの本をずっと心にかかえていた。素晴らしい旅行記。
近くにあって知らない世界を、しっかり歩くという点で共通。
きぜわしい帰省ではあるが、ときにはそんな「旅」をしてみたいもの。
遠くにでかけるだけが旅ではない。「近く」の旅は、のんびりできるし、
十分な充実感がある。帰省の際は、ぜひ「旅」
7月31日 明治の人生相談
きょうの荒川さんは、人生相談について、でした。
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選挙は終わったが、人生は「選択・決断」の連続。いつも悩ましい。
100年前の日本人は、何を悩んでいたか。それが分かる本が出た。
山田邦紀『明治時代の人生相談』(日本文芸社)。
「都新聞」「女学世界」らに掲載の138本の人生相談が。
日本で最初に新聞にのった相談は、明治39年12月21日の都新聞。
明治の相談は言葉もおもしろい。内容は現実的。
※たとえば、こんな相談も。
「ハンケチで好きな人と会話する方法」をきく相談。
※きちんと回答がある。曰く、
・唇へ当ててひっぱるのは「お近づきになりたい」。
・たたむのは「話したいことがある」。
・目へあてるのは「気の毒」。
・右のほほに当てるのは「さようです」、左のほほは「否」。
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荒川さんは以前、某局で1986年から14年間、人生相談を受けていましたが、
相談受けるコツは、話を聞くこと、だそうで。
悩みを誰かに伝えたことが大切なのかもしれない、ということです。
7月24日 芥川龍之介・没後80年
きょうの荒川さんは、ちょうどこの日が命日だった、芥川龍之介の世界的な評価についてでした。
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きょう7月24日は芥川龍之介(1892~1927・昭和2年)の命日。
謎の自殺、没後80年。その芥川が、このところ海外でも人気。
映画「羅生門」(黒沢明)原作者を契機に、現在40か国で翻訳。
おととし、中国で芥川全集。そして去年、英語新訳のアンソロジー刊行、
あの古典シリーズ「ペンギン・クラシックス」に入った。
そのジェイ・ルービン(米)編『芥川龍之介短篇集』(18篇・新潮社)が
先月出た。逆輸入。原文つまり日本語のまま。だが外国人編集だけに、構成に妙。
※「杜子春」「トロッコ」「蜜柑」「河童」などは選ばれていない。
海外の人にとって、芥川の魅力は
平安朝など古代の諸階層描く、エキゾチックなイメージ。
また、意見・見方が分かれ、なにが真実かわからない「薮の中」、
芸術のために娘を犠牲にする「地獄変」など、
技巧的・知的構成で人間の本質を照らし、強い引力。
素材も豊富。
※「アクタガワは突如現れた新人作家のような興奮を与えてくれる」とか。
たとえば『馬の脚』という短編。
文学全集、各社の文庫(文春、新潮、講談社など)では見捨てられた作品。
岩波の全集(第12巻)と、ちくま文庫「芥川全集」第5巻などでしか読めない。
これが上記の短編集には収録された。海外でのまた違った評価が。
「面白さと、闊達さ」。
カフカ(「変身」1915)や「鼻」「外套」のゴーゴリにも通じるシュールな世界だ、と。
芥川はこの作品を知的に統括しない。
いつになく、あらあらしい。反理性的な一面。
外国語に訳された文を、もう一度日本語に戻してみるのも、おもしろいかも。