日本全国8時です
9月25日 作家と文学館
きょう、荒川さんがオンエア冒頭で紹介していた特別展
「文豪・夏目漱石 ーそのこころとまなざしー」はこちら↓
http://www.asahi.com/soseki/
本日から、11月18日(日)まで、
東京の江戸東京博物館で開かれています。
9月18日 選考委員の数
文学賞の選考形態に異変が起きている。従来は、作家や評論家が数名、集団で審査。
ここ数年、読者が選んだり、作家がひとりで選考という形式がふえた。
プロが押し付けるのではなく、読み手の感性にゆだねるという考え。
読者参加の賞選考の背景には...
・小説離れが進行、売れるものに照準。
・話題性はあるが、いっときの読者に口あたりの良いものばかりになる。
ロングセラーにはなりにくい。
・文芸誌など文壇の作品を読む人が少ないので、選考委員の名前がそれほど知られていない。
権威として目にうつらない。
従来の集団選考では、無難なものに落ち着き、アピール度はよわい。
そこで現れたのが、ひとりで選考というスタイル。
今年創設の「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」は、
推理作家の島田荘司がひとりで決める。
2年前にスタートの「新潮エンターテインメント大賞」は、一年交代で選考委員が変わり、
ひとりが決める。今年は宮部みゆき、来年は江国香織。
こうした「ひとり」選考の文学賞のはじまりは、東急文化村ドゥマゴ文学賞。
今年で17回目。これまで吉本隆明、城山三郎、辻邦生、蓮實重彦などが、審査。
町田康、久世光彦、川上弘美などが受賞、これでブレイクした作家も多い。
一年間の文学作品全体が対象、私も、12回めに選考。
さらに今年は、選考委員になっていた、哲学者・池田晶子さんが2月に急逝、
急きょ、私が再登板。
先月、赤坂憲雄の評論集『岡本太郎の見た日本』に決定。
来年は高橋源一郎、再来年は島田雅彦が選考委員に。
ドゥマゴ賞の場合、一年間の主要な文学作品の書評などを検討、いろんな立場に
たって、選考。毎日のように頭のなかで、選考委員が4、5人いるような
イメージで「会議」を開き、議長をつとめる感じ。楽ではない。
ひとりだと責任がおもい。あんなものを選ぶのか、というように見られたくない。
※通常は4から7人あたりが多い。
※合議の問題点。
・選考委員のなかに師弟、上下関係があると、先輩委員が推す作品に
たてつくことは絶対にできない。そういうときはこまる。
他の人みんなが、その人の弟子だったりする。
・全員対等な場合でも、ひとりが、「自分の押す作品を、絶対通す」つもりで
来た場合も困る。勝つか、負けるるかという意気込みで来る。
(このときは、徹底的にその作品をほめまくり、出尽くしたところで、
反動的な流れが生まれるのを待つ。これが、こつ。)
・合議の場合、無難な作品に落ち着き、おもしろみのない結果になるときも。
・ある頻度で、該当作なし、の回がある文学賞は信頼できる。
・他の賞と、いっぱいかけもちの選考委員も多い。
この作品は、この賞ではなく、あの賞にしようと算段して、選考にとりかかるなど。
客観的に判断できる人を委員に選ぶこと。
・選考委員の顔ぶれをきめる出版社、主催者側に、見識がいる。
読者参加はあまり意味がない。
読者の目線をもつ、プロの人たち4人位が妥当。
奇数にすると、二つに意見が分かれたとき、多数決で決めることに。
偶数なら論議を尽くせる。
※選考中に、必ず、休憩を入れること。熱くなるのは禁物。
9月11日 所沢の彩の国古本まつり
11日の放送では「西武線所沢駅」東口駅前で行われている「彩の国 古本まつり」を紹介しました。
期間:9月5日(水)から11日(火)まで
時間:11時から20時(11日は18時まで)
会場:所沢駅東口 駅前の西武第二ビル8階 「くすのきホール」
お問い合わせ:「彩の国古本まつり」実行委員会事務局
電話:04-2926-3670(開催中)
04-2926-2671
次回は11月7日(水)から13日(火)に開催です。
9月4日・ 哲学者と動物
きょうは、哲学者と動物の関係について。
ロベール・マッジョーリ「哲学者たちの動物園」。
古今東西の哲学者と動物たちのかかわりを描く、哲学ガイド。
カントの象、ニーチェのライオン、デリダの猫、というふうに
実際のエピソードから各人の思想に迫る。動物と人間の関係をどうとらえるかに、哲学者たちの関心。
8月28日 新装版の魅力
今日は、文庫の「新装版」のお話。
いま、一冊の新装版が話題。太宰治の代表作『人間失格』。
この表紙を、人気漫画『デス・ノート』の漫画家・小畑(おばた)健(たけし)さんのイラストにした、集英社文庫の新装版が6月末の発行以来、およそ1か月で7万5千部も売れた。古典的文学作品では異例。
「いかにも」名作という路線からの脱却めざし、文庫の表紙を、学生服姿の男の子が不適な顔で座るデザインに(以前は抽象的な絵だった)「カバー買い」する若者も多く、「コミックを読む層が興味を示してる」との見方も。
1952年初版の新潮文庫『人間失格』は、602万部(漱石「こころ」と並ぶ)の大ベストセラー。1990年初版の集英社文庫も40万部。
集英社文庫は、『人間失格』のイラスト表紙の他、この夏は期間限定で、漱石「こころ」、賢治「銀河鉄道の夜」、武者小路「初恋・友情」の3冊のみ、女優・蒼井優の写真を表紙にしている(「ナツイチ限定」)。
でもいつまで、このカバーが付くのか、期間は不透明。
ちなみに、ぼくは角川文庫・室生犀星「あにいもうと」(秋吉久美子主演映画の写真カバー・1976)、ちくま文庫・田村泰次郎「肉体の門」(映画写真・かたせ梨乃らのカバー・1988)など大事に持っている。
7月スタートの『日本の古典を読む』(全20巻。第1巻「古事記」、以下「日本書紀」「風土記」とつづく)も、人気イラストレーター・松尾たいこの斬新な表紙で快調。ぼくも思わず買いました。「新装」の力は侮れない。
日本古典文学全集(88巻)の抜粋だが、これも一種の「新装」。
うきうき、心が動く。「新装」を出しつづけることで、古典も名作も次代に残る。
「帯だけ」変えるのは、厳密にいえば新装版ではない。判型、書物の形態は変わってませんから。基本的に、新装版とは・・。
1 もとのかたちの本(主にハードカバーの本)の売れ行きが、鈍りはじめたとき、装丁をかえて出すこと(文庫・新書も、広い意味では新装版)。中身は同じだが、かたちがちがうものに。
2 詩集・歌集などの小部数の本、豪華版の本を「限定版」と銘打ち、出したところ、好評で品薄に。需要に応えたいが、「限定版」とは「決して増刷しない」ことを誓ったもの。
※限定版を買った人に失礼だから、ワン・ランク下げた「新装版」(普及版という・定価も安い)として出せば、文句は出ない。
3 最初につくった「限定版」と同じ紙、同じ造本が無理で(技術的に凝りすぎたため)、再度同じもの造れないときも新装版にすると切り抜けられる。
4 これまでは文語だったものを、読みやすい現代語に変えた書物(古典、翻訳ものなど)のときも、新装版の形にし、ちがいを表現。
5 普及版を嫌った著者が故人となり、扱いが自由になったときも。
※新装版は一見、元本の装いを変えただけのものに見えるが、書物のいちのを保つためのもの。カバーだけ変えるのもわるくない。
「古事記」や、ニーチェ、カントの哲学書なども斬新なカバーにして読者をさそうなど、もっともっと可能性がある。読者をひろげる意味でもいいこと。