日本全国8時です
12月11日 日記をつける
きょうの荒川さんは、日記の続け方、についてでした。
荒川さんは、すでに40年、日記をつづけているとか。
書いているのは普通の大学ノート、横書き。一日数行、三年分入る。
当用日記は一日一頁だが、スペース自由なのがいい、とのこと。
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書店に、新年用の日記帳が並ぶ。
手書きを見直し、いっぱい書ける大型日記が大人気。
いっぽうで、昔風の小型「懐中日記」もおもしろい。日本初の小型日記。
ことわざ、横綱一覧なども。
しかし、日記が続かない人も多い。きょうは続けるコツを。
まず、もう今日から書き始めたほうがいい。新年、一月一日からの日記は禁物。
12月11日くらいから、助走。この日からだ!と意気込むと、飽きが来る。
何も書くべきではない。何かを書こうと思う時点で、
日記とは別のものになり、義務感生まれ、負担に。やがて挫折。
日記は他人が見るものではない。提出の必要もなし。文章表現に凝ることはない。
自由きまま、その人の「いちばん楽なことば」で。感情表現などしない。すると、
重くなる。小説を書くところではない。
「●月●日、晴れ。朝から仕事。夕方・・と会う。・時帰宅」。これでもいい。
日記をつける「ひととき」は、自分が自分の呼吸に帰るとき。ここまで昼の世界が
押し寄せてはならない。ちょこっと。ほんの一、二分。この「自分に帰る」時間は、日記でもないとなかなか得られない。
日記をつける人は、そのときのよろこびを知る人、というふうに考えたい。
読み返しもしない単純な内容をつけて、意味があるのか?と。
これは日記の習慣をもたない人には、わかってもらえない。
ネットなどでの日記公開は、他人を意識。それは他人においかけられること。
人に見せるのは日記とは別のもの。日記は自分だけの純粋な空間。
文字の書き方もある。最初の日から、こまかくきちんとした字で書くと、
すぐ乱れてきて、「やめたあ」に。最初は少し乱雑に。途中から、締める。
以下、すべてロングセラー。
・内田百間の日記(ちくま文庫ほか) 就寝・起床時刻のみ。
さらさっとしているが「つける」ときの至福が伝わる。
・武田百合子「富士日記」(中公文庫・3冊)。家族のようす、料理などにしぼる。
・高見順の日記「敗戦日記」ほか(中公文庫) 物の値段、映画広告、
新聞スクラップなど世相に焦点。
・大正の詩人、大手拓次の日記 買い物、銭湯の描写、出社した人の
名前など(ライオン歯磨に勤務していた)。
・岸田劉生の日記(岩波文庫ほか) 「麗子像」の画家。来客の友人たちと、
部屋ですもうをとる。そのスケッチ満載。当時は娯楽がなく、すぐ、すもうに。
12月4日 ことしの言葉
きょうの荒川さんは、流行語大賞発表から、
「ことし気になった言葉について」でした。
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15年前に亡くなった詩人、
北村太郎『光が射してくる』(港の人・12月1日刊)のことば。
子供向けに書かれた、読書案内で。
「読書によって心が広くなるより、狭くなる人の方が多い」。
好きなものしか読まないなど、
「一つの小説の型、考え方の型、生き方の型、美の型だけにしがみついて、
それ以外のものを認めようとしない」人になる危険があると。
「やさしい努力で
教養が身につけられるつもりで『ことば』に向うのは、やめましょう。」
これらの文を、北村さんは二十代に書いた。
人の基本となることをやわらかいことばの光につつむ。
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北村太郎さんの「光が射してくる」
http://www.minatonohito.jp/books/b072.html
※お問い合わせは下記まで。
図書出版・編集企画「港の人」
〒248-0014 神奈川県鎌倉市由比ガ浜3-11-49
電話: 0467(60)1374 ファックス: 0467(60)1375
11月27日 北の旅、南の旅
きょうの荒川さんは、北へ行くか、南へ行くか、というお話でした。
しかし意外だったのは、石川さゆりさんのコンサートへ行っていたことですね(笑)
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先日、石川さゆり音楽会に。「津軽海峡・冬景色」から「天城越え」まで歌唱力に
よいしれた。「飢餓海峡」歌うときは、歌芝居。青森、北海道が舞台。北の果ての
抒情世界、心にしみる。
そこで思った。演歌のみならず、人には「北をめざす人」と「南をめざす人」の
二種類がある。きょうは「北の旅、南の旅」の話。北は極寒、南は光あふれる世界。
ヨーロッパの文豪はみなイタリアに憧れ、旅した。
●ゲーテ(ドイツ)は、1786~1788/37~39歳。雲霧のなかのおぼろな北の祖国から、南方の形姿ゆたかなイタリアへ逃走、南国の民衆生活、芸術の国の陽光浴び生き返る。傑作「イタリア紀行」。
●スタンダール(フランス)1800年、17歳、ナポレオンとともに従軍、アルプスを越え、イタリアと出会う。のちナポレオン遠征軍とともに没落、第二の故郷ミラノに七年。イタリア人のはつらつとした生き方、美しい女性との熱烈な愛、光と詩にめざめる。「イタリア年代記」で書く・・「恋という植物がよく育つ唯一の土地イタリア」。
●フロベール(フランス)1845年春、23歳、妹カロリーヌの新婚旅行に一家でついていき、イタリア旅行、父、妹急逝。1858年アフリカ・チュニジアへ。古代カルタゴの将軍の娘の恋を描く「サラムボー」で有名に。
●D・H・ロレンス(イギリス)1912年、27歳。
妻フリーダの実家ドイツ・メッツからもアルプスを越え北イタリアへ、徒歩旅行。再生と新人生描く「イタリアの黄昏」。これが出発点、のちに「チャタレイ夫人の恋人」を完成させたのもフィレンツェ。
南への旅はイタリアだけじゃない。詩人、アルチュール・ランボー(フランス)は、アラビア・アデンでコーヒー取引のあと、1883年29歳、アフリカ奥地へ。現地国王と取引、鉄砲の売り込みに狂奔。「地獄の季節」。南国への旅と生活は、ヨーロッパの人たちにとって重要な精神の拠点。あるいは文明からの逃走。探検家をのぞいて、北をめざす人はあまりいない。
日本人は、北を目指す人が多い。北海道の原野への夢は屯田兵以来ふくらむ。国木田独歩、岩野泡鳴(淡路島生まれ)、有島武郎(札幌農学校卒)など。
泡鳴は、樺太で蟹の缶詰工場事業、失敗したが、北海道に新天地求めつづけた。
独歩は開拓生活に挑む。九州という暖かい土地に生まれた北原白秋も、大正14年、40歳の樺太紀行『フレップ・トリップ』は今月、岩波文庫に。船は「北へ北へと進みつつある。ハロウ、ハロウだ!」と子供のよう。「南国生まれのわたしとして(北へ行く)この念願は激しい一種の幻疾ですらあった」。
身も魂もうちこんでみたかったと。
高村光太郎の「北」は自分を裁く土地。戦争中の言動を反省、戦後、岩手の寒冷な農村、太田村の粗末な山小屋にこもり独居自炊。北方凛列の地は、もともと光太郎の志向するところ。これまでの生き方をきびしく点検、農耕・詩作の日々。「暗愚小伝」
ちなみに、ドラマや小説などで、なにかマズイことがあって逃げる人はたいてい北へ行く印象。なぜか考えてみた。いちおう理由が。「北」という文字は、背中合わせに人がいる意。そこから「そむく、逃げる」の意に。敗北の「北」は、逃げるの意味。
「山月記」「李陵」の中島敦は南へ。
東京生まれ、昭和16年、南洋委任統治地のパラオ(ミクロネシア)に国語教科書編集書記として赴任、33歳で早世。日本人作家は戦争中徴用で南方世界にめざめた人多い。あえて南へは、あまりいない。基本的に日本は温暖な土地。相対的に、北・南の世界があり、国内で味わえる。
岡本太郎「沖縄文化論」は、列島文化の多様性描く。
北から南へ「戻った」人も。幸田露伴・本名成行(しげゆき)。明治16年・ 18歳のとき電信技手、北海道余市の電信局に赴任、2年後の夏、文学への夢すてがたく、無断で脱出、きのみきのままで函館、青森、福島の郡山まで歩きつづけた。野たれ死に寸前のていで、郡山から汽車で帰京。北から南へ戻った人。野宿で詠む「里遠しいざ露と寝ん草枕」から、露伴という号が生まれた。「突貫紀行」。
北、南のちがいはあれ、その旅や移動は人生にとって意味あるものにしたいもの。
北をめざす人間心理...寒冷地の冷えた空気で自分を引き締める。挫折し、再び人生を巻きなおす場所。南は、活力取り戻し、心をいやす。
11月20日 むずかしい読み方
きょうの荒川さんは、むずかしい読み方について。
水泳の「じゆうけい」という発言をどこかで聞いてびっくりしたそうです。
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「一段落」(仕事が一段落した)は「ひと」か「いち」か。
「いち」が正しいが、いつも迷う。
目で見ているときには問題ないが、「読む」段階で、まごつくものは多い。
この原因は平安時代にまでさかのぼる。
5、6世紀に渡来した呉の国の発音「呉音」と、
8世紀ピークに遣隋使・遣唐使が伝えた唐・長安の「漢音」。どちらもいま残る。
重複――――呉音=じゅうふく 漢音=ちょうふく
憧憬――――呉音=どうけい 漢音=しょうけい
発足――――呉音=ほっそく 漢音=はっそく
利益――――呉音=りやく 漢音=りえき
延暦11年(792)には漢音奨励の勅も出て、どちらを使うか、日本で議論白熱、
つばぜりあいを演じた名残りが、1200年も。
「御用達」は「ごようたし」だが、「ごよう・たつ(漢音)」「ごよう・だち(呉音)」でもいい。
ぼくは「ごようたつ」でやってきた。ある日「ごようたし」という発音を聞き蒼ざめた。
清濁などで、「どちらでもいい」例。
「生存」――-せいそん・せいぞん。
「依存」――いそん・いぞん。
ただし「異存」はいぞん、のみ。
「借地」――しゃくち・かりち。
「工場」も、「こうば」か「こうじょう」。
小規模なものは「こうば」とされるが、区別はむずかしい。
戦後文学の巨編、埴谷雄高「死霊」。
「悪霊」の読みの例もあるから、「しれい」も「しりょう」もいい。
文学辞典はまちまち。本人がどう読むか、書き記さなかったのでは。
学生のとき、文学通の友人が「しりょう」と言い、ぼくはうろたえた。
安岡章太郎の名作「海辺の光景」(昭和34年)の「海辺」は、かいへん。
吉行淳之介「寝台の舟」(昭和33年)。「ねだい」は、主として明治期につかわれた。
畔柳二美「姉妹」(昭和27年ベストセラー、映画化・北海道千歳の発電所に
勤める一家の二人)は「きょうだい」と読む。
たくさんの人がつかうと変わる例もある。
「山茶花」は、もとは「さんさか」。漢字の順序からしてそう。
だが、いいにくいので「さざんか」に。
あやまった読み方も、多数がつかうと変わる。
「アキハバラ」もそう。本来は「秋葉原(あきばはら)」。
電車の駅をつくったとき、「あきはばら」としてしまい結局それが定着。
ところがいま、若い人は「アキバ」と略しているようで、かえって正統派に。
他人事は「ひとごと」だが、「たにんごと」も辞書では認められてしまった。
ただし「じゆうけい」「かんしんごと」は、あまりいいことではない。
こうした日常的なことばの読み方のまちがいがふえるのは、なぜか。
1・人の話を注意ぶかく聞くという習慣がなくなった。
そのことばが発音されたときのようすに暗い。聞き手としての能力が低下。
2・語彙の不足。「関心事」という文字から「心配ごと(事)」という言葉だけでなく
「一大事」」「日常茶飯事」が浮かぶと、「じ」と読むこともできたかも。
合成・複合語の知識や連想が、単純になった。
ちなみに小型辞典には「関心事」「自由形」は登載されない。
しかし、もっとも大きな理由は、「聞き手」としての能力の低下。
「漢字で、どう書くか」についてはワープロも辞書も答えるが、
「どう読むか」は、デリケート。はっきりしないところも多くむずかしい。
11月6日 世界文学全集
きょうの荒川さんは、久しぶりの「世界文学全集」について、でした。
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今週金曜日、11月9日に発売開始となる、
「世界文学全集」(全24巻・河出書房新社)の話題。
世界文学の全集は、平成元年「集英社ギャラリー・世界の文学」全20巻以来、18年ぶり。
今回は20世紀の作家。シェイクスピア、ゲーテなど古典は不在。
池澤夏樹の単独編集も異例。
1966年、小林秀雄の単独編集「現代日本文学館」(文芸春秋・全43巻)以来か。
春には池澤氏の記者会見もあり、
出版界は「これが成功したら、うちも」の空気、試金石に。
学生たちも「買いそろえるのが、いいですか」と、気にしている気配。
池澤氏「世界はこんなに広いし、人間の思いはこんなに遠くまで飛翔する。それを体験してほしい」