トークパレット木曜日「スタンバイ・ブックナビ」

2012年03月01日(木)
今朝は、書評家の岡崎武志さんにお薦めの本を紹介していただきました。


★タイトルを聞いて、おおっと思った方も多いと思います。1969年「中央公論」に発表されて、その年に芥川賞を受賞したベストセラー小説。ただ、なぜいまさら、という話ですが、じつはこれが新しく新潮文庫に収録されたんです。

★単行本も中央公論社、文庫も中公文庫。しかも一度も品切にならず、累計160万部売れ続けている永遠の青春小説です。各種文学全集などにも収録されたことはないはずです。読めるのは中央公論社(現・中央公論新社)だけだった。いわば「聖」なる作品。
★それがなぜかこの二月末、新潮文庫から装いも新たに出されることになった。どういう事情があったかわかりませんが、ぼくは中公文庫版を持っているのに、飛びついて買いました。

★『赤頭巾ちゃん気をつけて』は、ぼくが中学時代、夢中になって読んだ小説で、当時、書いた作文や手紙などが、すべてこの「赤頭巾」の文体になるほど影響された。当時の若者に与えた影響力は、いまの村上春樹以上のものだった。
★別の社の文庫の新刊に入ったのが、なにか非常に新鮮な印象で、そして、本当にひさしぶりに再読しました。

★ずっと筆を折っていた庄司薫がひさしぶりに「あわや半世紀のあとがき」という文章を寄せ、それが読めるのも魅力。なにしろ、1977年に『ぼくの大好きな青髭』という小説を出してから、ずっと沈黙。ほとんどマスコミにも出てこない。
★今度の文庫に使われた顔写真も、当時のまま、若いままの姿で、でも昭和12年生まれだから、今年75歳になる。不思議な感じです。

★さて、『赤頭巾ちゃん気をつけて』は、日比谷高校生の庄司薫くんを主人公にした青春小説。著者と主人公が同じ名前。
★発表されたとき、本当に現役の日比谷高校生が自分のことを小説に書いたと、一部では思われたほどリアルな語り口でした。
★じつは、本名・福田章二の著者は、30を過ぎていた。

★1969年は大学紛争で東大入試が中止になった年。東大を目指していた日比谷高校三年の薫くんは宙ぶらりんになる。そんな二月の一日のできごとを小説は描いている。

★足の親指の爪をはがし、愛犬には死なれ、幼なじみのカノジョとはケンカ中という冴えない一日が、サリンジャーの影響を指摘された、高校生の男子が喋っているみたいな斬新な文体で書かれるのが魅力的でした。

★「ぼくは時々、世界中の電話という電話は、みんな母親という女性たちのお膝の上かなんかにのっているのじゃないかと思うことがある」と始まるのも印象的。
★由美という彼女の家に電話をかけると、なぜか必ずお母さんが出てきて、ベラベラ喋り出し、また薫くんはそれにつきあってしまう。携帯電話の会話が普通になった今、もうこの感じは若い人にはわからないでしょう。
★主人公は礼儀正しい優等生、というのも、当時の青春小説では珍しかった。映画化されたときには、東映社長・岡田茂氏の息子である岡田裕介が演じましたが、育ちがいい気弱な主人公にはまり役だった。
★また、マルクスやサルトルなどとともに、酒井和歌子や内藤洋子、ザ・タイガースなんて名前が出てくるのもよかった。いま若い人が読むには注が必要かもしれない。

★けっきょく、一日のうちにいろんなできごとがあって、最後、ケンカしていた由美という彼女と仲直りする、それだけの小説なんですが、知性と優しさとユーモアにあふれた傑作だと改めて読んで感じました。

★また、この小説のなかで、薫くんが「中村紘子さんみたいな若くて素敵な女の先生について」ピアノを習いたい、というようなことを漏らすシーンがあるのですが、なんと、これを読んだピアニストの中村紘子さんと、この小説がきっかけで著者とおつきあいが始まり、五年後に結婚してしまうというウソみたいな話までこの小説から生まれた。
★あと、東大がもし秋始まりになったら、この薫くんのように、二月三月と冬の冷たい空気のなかで春を待つ気分というのも伝わらなくなってしまうかもしれない、とも思いました。

★「ぼくは時々このぼくは、この『赤頭巾ちゃん気をつけて』の作者というより読者の一人なのではないか、と思うことがある」と、「あわや半世紀のあとがき」で著者は書いている。それぐらい多くの若者に読まれた特別な作品です。
★若い高校生や大学生にも読んでもらいたいし、昔若かったぼくのような世代の人にも、これをきっかけにまた読んでもらいたい。

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