トークパレット木曜日「スタンバイ・ブックナビ」

2011年12月01日(木)
今朝は、書評家の岡崎武志さんにお薦めの本を紹介していただきました。



★今回はマラソンをテーマにした小説をご紹介します。

★この小説の舞台は横浜。神奈川県教育局スポーツ課の職員、音無太志が教育局長に呼び出される。同僚に「何かやらかしたのか」などと言われてビクビクしながら会う。そこで切り出された話は奇想天外なことだった。

★神奈川県の主催で、横浜市そして県警本部が協力し、「東海道マラソン」を実施する。そこで、日本人選手に世界最高記録を狙わせる、と言う。その責任者として40歳の音無が抜擢された。音無は大学時代、駅伝の選手でした。
★次に神奈川県知事に面会。知事も駅伝経験者。なのに「箱根駅伝は不要」と言う。駅伝は日本独自のローカルレースで、しかも人気のあるスポーツイベント。そこに照準を合わせるため、マラソンランナーが育たないという。そこで、この東海道マラソンの構想が出てきた。音無は心を揺さぶられ、元ランナーの本能が目覚める。そして、物語は走り出す。

★音無の考えるところ、やるべきは三つ。一つは超高速で走れるコースの設定、二つ目が勝てるランナーの招聘、三つ目が強いペースメーカーを探すこと。『ヒート』は、音無の困難への挑戦から始まる。

★最大の難関は、勝てるランナーの招聘で、日本人初の二時間五分台の記録を出し、「唯一世界と勝負できる男」山城悟しかいない。ただ、ビックマウスで傲慢で、人の言う事をまったく聞かない男でもある。音無の交渉は失敗する。交渉の余地はない、という態度。
★ペースメーカーは、ハーフマラソンの記録保持者で、30キロまではいいタイムを出す甲本剛を選ぶ。手取り10万円で、練習は大学のお情けでトラックを借りる日々。そこへ、生活保障と成功謝礼1000万円という条件を出す。ただ、彼もマラソンランナーとしてのプライドがあり、プライドを傷つけられたという感じでこれを断る。


★この二人が登場するなかで、マラソンランナーの生活や、置かれている状況、孤独な日々などが克明に描かれます。

★たとえば甲本の練習風景。〈「一、二、三っと」/リズムをつけて小さく声を出し、甲本剛はスピードを落としてジョギングに移行した。四百メートルのトラックを二十五周。体内の水分が絞り出され、ちょっと声を出しただけで、喉の粘膜が痛む感じがする。〉
★これは小説家の想像力だけで書けることではなくて、著者がマラソン関係者に相当深く、取材をしたことがうかがえる。実際にマラソンをしている人にも説得力があるはず。

★コースは本の扉裏に地図で掲載されていますが(これがまたリアル感を出す)、横浜市庁舎前をスタートし、みなとみらいからアップダウンの少ない第一京浜を真直ぐ行き、六郷橋で折り返し横浜へ戻る。最後、本牧埠頭をぐるりと回って新港サークルウォークがゴール。音無始め、準備室のメンバーは、ここのチェックを念入りに繰り返す。
★そして、残るはランナーの山城とペースメーカーの甲本。甲本は結局、承諾しますが、山城は最後の最後まで断り続ける。読んでいるうちに、ページの残りが少なくなり、「おい、山城、早く引き受けないと小説が終わってしまうよ」と、読者もイライラ。
★ある秘策が用いられ、山城が出場すると決めたのは257ページ目。小説は残り140ページしかない。

★そしていよいよレース。山城も甲本も、それぞれ関係者には言わないが、驚かせるようなことを考えている。実際、レースは二人のデッドヒートという波乱ぶくみの展開。
★果たして結末は?それは読んでのお楽しみ。

★ぼくは、一冊を半日であっという間に読み上げてしまった。途中で止められないんです。男たちの困難な闘い、人間くさいドラマを堪能しました。

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