トークパレット木曜日「スタンバイ・ブックナビ」

2011年09月08日(木)
今朝は、書評家の岡崎武志さんにお薦めの本を紹介していただきました。

 


★「芸術の秋」、全国さまざまな美術館で展覧会が開かれます。ぼくもぜひ見たいのが3つ、4つある。本物の絵や陶芸作品を見ることで、眼が養われる。
★しかし、それは本物だというのが前提で、一生懸命見たのがじつは贋作だったら......。この本の副題は「20世紀最大の絵画詐欺事件」。有名な画家の贋作を200点以上流通させて、美術市場を混乱に陥れた男の物語。実際にあった話、ノンフィクション。

★贋作づくりにかかわった重要な二人の男が登場します。一人はジョン・ドゥリュー。見たところ、立派なイギリス紳士で、自分で「博士」を名乗りますが、じつはこれが大変な詐欺師。原始物理学の教授だと言うが、ほんとうは中学までしか出ていない。
★彼に頼まれて、せっせと贋作づくりをしたのがジョン・マイアット。つまり、二人の「ジョン」による犯行。マイアットは作曲家の道を挫折し、妻に逃げられ、二人の子どもと暮らす。ドリューと出会ったのが1986年。趣味で、有名な画家の作品とそっくりな絵を描いていた。それ自体は罪ではない。
★最初、ドゥリューは、マイアットに自分の家を飾るために、本物そっくりの絵を描いてくれと依頼する。「いいマティスが一点ほしい」てな感じ。

★ちょうど美術界はバブルの時代で、ゴッホの「アイリス」という絵が1947年に8万4000ドルだったのが、この頃、サザビースのオークションで5390万ドルで落札された。
★日本でもある保険会社が1987年に、ゴッホの「ひまわり」を58億円で落札して話題に。
★そんなバブルを背景にドゥリュー博士は、マイアットの描いた贋作を、9年にわたり  200点以上、売りまくった。

★マイアットは「今日はシャガールの日」「今日はブラック」と、次々と絵を描いていく。絵具が買えなくて、家庭用塗料に工夫を加えて、最後にニスを塗ってごまかした。    
★ドゥリューは、それをいかにも古い作品のように、灰をなすりつけたりして加工する。

★そんないいかげんな作品がなぜ「本物」として市場に出回ったか。
★そこでドゥリューの天才的な詐欺師の力量が発揮されるんです。本書のタイトルにある「来歴」。これは、犬で言えば血統書みたいなもので、その絵が過去にどういう経緯で人の手から手へ渡っていったかを、画廊の証明書、送り状、受領書、または所有者の手紙などで示す。有名な人が持っていた、となると箔がつく。
★ドゥリューは、有名な美術アーカイブに潜入して、そこにある資料を使って、偽の「来歴」をでっちあげる。みな、絵を見て本物かどうか、というより、その「来歴」の方を信用する。そういうもんなんですね。

★オークション会社はなぜ贋作と見抜けないか。
★あまりに多くの美術品が殺到して、調査するヒマがない。なかに贋作を承知で売ることだってあるという。この本は、希代の詐欺師を描きながら、美術市場の裏舞台のうさんくささを暴く。なんでも、市場に出ている2割から4割は贋作、および手が加わっている。

★イタリアでは、1990年代に6万件以上の贋作が警察に押収された。1987年オープンのザグレブ美術館はミケランジェロ、ダヴィンチなどを揃え、「ユーゴスラビアのルーブル美術館」と自賛していたが、すべてのコレクションが贋作だったそうです。

★この本の著者は、ドゥリューによる虚々実々のかけひきを、まるで現場で見ていたように再現していきます。知らず知らずのうちに、美術界の裏側にくわしくなる。
★また、登場人物が多彩で、早くにドゥリューに疑いを持ったアーカイブの女性、ドゥリューに捨てられ復讐に燃える元内縁の妻、かつて詐欺犯を逮捕するときケガをして片耳の聴力を失い、詐欺事件のエキスパートになった刑事などなど、彼らの人物像が生き生きしていて、ときにノンフィクションというより、小説を読んでいる気分に なる。著者の二人はジャーナリストで実の夫婦。よほど息が合っているのだと思わされる。

★訳者は「人はなぜ騙されるのか。なぜ確たる理由もないままに何かを信じてしまうのか」を問うた作品でもある、と「あとがき」に書く。ドゥリューは悪党ですが、あっぱれな奴だなあ、と思いながら読みました。

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