トークパレット木曜日「スタンバイ・ブックナビ」

2011年08月04日(木)

今朝は、文芸評論家の北上次郎こと、目黒考二さんにお薦めの本を紹介していただきました。

★志水辰夫といえば、作家生活30年のベテラン。デビュー時はハードボイルド作家だったが、5、6年前から時代小説を書き始めて、その新作が今回の作品。

★シミタツ時代小説の一番大きな特徴は冒頭。そこがどういう場所なのか、どういう時代なのか、主人公がどういう人物なのか、全く説明しないで始まる。

★例えば、今回の作品の場合。男が渡し舟の船頭をやっているというところから始まる。この男が、主人公の喜平次。ただ5、6人乗りで、地元の村人しか使わない地味な船。

★読み進めると、どうやら、この渡し舟の船頭は元々、違う奴だったが、その船頭がケガをして動けなくなり、代わりを旅の途中で通りがかった主人公が務めているとわかる。でも、なぜ代わりをしているのか?、、、すぐには出てこない。

★最初出てくるのは、そこの船頭の暮らしであり、そこを行きかう村人の姿。その中で、徐々にここがどういう場所で主人公がどう生活しているのかが、ゆっくりわかってくる。  

★舞台は、渡良瀬川のほとり、上野(こうずけ)という場所らしい。時代は、「浦賀に4隻の黒船がこの6月に来た、、、というフレーズがあるので、黒船来航と同じ年らしい。と。

★とにかく、少しずつ、少しずつ、わかってくる。これが絶妙。まるで、カメラが主人公の視点にあうアングルで話が進み、どんどん本の中の世界に引き込まれる。

★また、話の舞台が上野というのも、シミタツ時代小説の特徴。江戸・京都・大阪という大都会ではなくて、そこからちょっと離れた都会でも田舎でもない場所が選ばれている。

★さらに、その場所にはドラマがある。上野は、昔、渡良瀬川の上流の銅で栄えたがそれがさびれて、今は近隣の桐生織物で息を吹き返しつつある土地。
★ただ、そういった時代や背景を直接、語るのでは、主人公の視点から見た、そこに生きている人の姿を通して、ゆっくりと描いていく。秋の「どぶろくの祝い」というお祭りなど村の暮らしを、随所に入れつつ・・・

★また、この小説は人物造詣もいい。無愛想だが主人公、喜平次を泊め仕事をさせる元船頭「やへい」。渡り舟近くの一帯を取りしきる織物問屋「かすがや」の女主人「すみえ」。「目元が涼やかで、鼻筋がとおり、唇が小さく引き締まっている」31歳の未亡人。彼女の母親「いち」、息子「しょうのすけ」。「かすがや」で働く「おみつ」と不釣合いなほどイケ面の夫「ぜんすけ」、「かすがや」の経営者一族。などなど

★ストーリーは、元船頭「やへい」が美人女主人「すみえ」の息子を助けてケガ。その代わりに主人公、喜平次が船頭をやっているという日常。そうした中、「かすがや」で  働く番頭のひとりが最近、辞めたと言う話が入ってきて、・・・なぜと探ると、、、
★読み進めていくと、なぜ主人公、喜平次がここに来たのか、という事も、最後の最後の方になってわかってくるのだが、これ以上は、、、

★最後に、いわゆる派手な要素はない。戦国合戦小説のような戦争の描写、お家騒動でよくある藩を舞台して家老派と何とかがもめる騒動があるわけでもない。
★都会でも田舎でもない街の一般の庶民の生活。確かに、非常に地味な話ではあるが、こういう庶民の姿を書くことこそ、時代小説の本道なのではないか、と思う。
★元々、大好きな作家なんですが、これはとてもいい小説。「なんか小説読んでいるな。」とどっぷり入り込めて、すごく幸せな気分になれます。

一覧へ戻る

ページトップへ