トークパレット木曜日「スタンバイ・ブックナビ」

2011年06月16日(木)
今朝は、書評家の岡崎武志さんにお薦めの本を紹介していただきました。


★「志ん生、圓生から越路吹雪、長谷川一夫、エノケン、渥美清まで 思わずホロリとさせられる八十八の人生」と帯にあります。
★演芸評論家の矢野誠一さんが、落語家、役者、歌手など昭和を生きた藝人たちを、エピソードで紹介した本です。

★例えば「志ん生」。73年9月に亡くなっていますが、いまでもCDがよく売れる。その志ん生が、舌の短い弟子に稽古をつける。
★この弟子、「ええお笑いを一席」が、何度やっても「お笑いをイッテキ」になってしまう。「おまえね、一滴一滴って目薬さそうってんじゃないんだから」と志ん生。今度は、八ッあんが「ハッサン」となってしまう。何度やっても「おい、ハッサン」。
★とうとう匙を投げた志ん生が言う。「『アラビアンナイト』やってるんじゃないんだよ」。こういうとっさのおかしさが、志ん生の高座にも生きていた。

★「清水次郎長伝」で一世を風靡した二代目広沢虎造。「寿司食いねェ、江戸っ子だってね」「神田の生まれよ」は「浪花節をきいたことのない者でも知っている」。
★どこの劇場に出ても満員で、だから虎造は、自分から一枚の切符を売ったこともないそうです。その虎造、「与太話」つまり、ホラふきで有名で、そのなかの一つに、東京駅正面の大時計の長針は、若き日の自分が取り付けたというのがある。
★職人たちが尻ごみしてるなか、小僧っ子だった虎造がひとりえ長針かついで長梯子をかけあがり、はめこんだ。そう当人が自慢していた。
★ウソなんですが、あんまり話がうまいんで、新聞記者がそのまま記事にしてしまった。いまでも東京駅紹介記事に引用されることがあるそうです。

★一つのエピソードで、その藝人の人生が凝縮されてしまうようなところがある。それだけ、みなさん、ほかに代わりがいない個性的な人たちだった。


★晩年、彦六と名乗った八代目林家正蔵。曲がったことが大嫌い。寄席へ通うのに地下鉄の定期券を持っているのに、仕事以外で利用するときはわざわざ切符を買っていた。
★「定期券は仕事をするひとのために割引になっている」というのがその理由。せっかちで、新幹線に乗るにも一時間前からホームに立っている。
★弟子もつきあわされるから「そんなに早く出かけても無駄ですよ」と言ったら、「遅れることがあるんだから、間違って早く出るかも知れねえ」と返した。
★最後は病院で亡くなったんですが、入院中、看護士が「お薬のみましょうね。このお薬はとてもいいお薬なんですよ」と飲ませようとした。
★すると「そんなによけりゃ、てめえでのみやがれ」。これが最後のコトバだったそうです。なんだか、自身が落語みたい。

★志ん生、虎造、正蔵と、この時代の藝人は、一目見て普通のサラリーマンとは違う。町ですれ違っても、藝人ということがわかったものです。
★いま、テレビに出ているお笑い芸人など、コンビニでレジを売っていても、たぶんわからない、見た目は普通の人が多い。なかなか、こういうユニークなエピソードは出てこない。

★役者の話も多い。三井弘次という、ヨッパライをやらせると名人の脇役俳優がいた。「一日二十四時間のうち十時間は確実に酒をのんでいた」。酒で失敗することも多く、小津安二郎に説教されて「もう、二度と酒はのみません」と言い切った。「もちろん   あくる日はきれいに忘れて......」と、矢野さんの書き方が巧い。笑ってしまう。
★みんな、映画関係者は三井弘次の酒で懲りているのに、いざ新しい台本ができてくると「しょうがねえな、やっぱりこの役は三井家しかいねえな」となってしまう。ぼくも大好き。

★短いが、立派な芸論になっているものもある。三遊亭圓生。昭和の名人の一人でしたが、矢野さんはずっと苦手だったらしい。
★「藝人であるより、藝術家である意識が強すぎた ように思う」と書く。「藝への自負が、名誉欲や権力志向と単純に結びついていた」と手厳しい。
★ところが、一九七八年、有名な落語会の分裂騒動があって、圓生一門は落語協会を脱退する。圓生七十八でした。
★ところが、矢野さんの見るところ、そこから「いかにも『うまいだろう』といった感じ」がなくなった。顔も「藝人らしい顔の持ち主になった」という。
★その二年後、上野のパンダと同じ日に亡くなりますが、「藝人が、藝人としての生涯を、そのピークで終えるという、誰もがなし得なかったことを、圓生は自らの手で完結させたのだ」と讃辞を惜しまない。
★ここにずっと、演芸界を見てきた目の確かさを感じることができる。

★あと、読んでいくとわかりますが、この本、矢野さんの文章の巧さが際立っている。リズム、間、言葉遣い、話のもっていきようが「藝」になっている。同じ話を、ある人がしたらおもしろいが、別の人がしたらおもしろくない、というのはよくある。
★どう話せば、おもしろくなるか。この本を一冊読めば、話の組み立て方の勉強にもなる。昭和三十四年に亡くなった落語・音曲の柳家小半治という人がいた。借金の名人で、日記はさながら借金帖。
★戦前、愛宕山にあった放送局のスタジオでのできごと。「これから生放送がはじまると いう、アナウンサーが柳家小半治の紹介をしようとしたまさにその瞬間、『すみません、五十銭貸してください』とやった逸話がある」。たたみかけるように、最後のセリフまでの流れがじつに巧い。
★おなじ頃、柳亭燕枝という借金の名人がいて、かれもまた借金をしてまわった。続いて矢野さんの文章。この燕枝が「廃品回収業をしているとき、金を借りようと柳家小半治を訪れると入口に札がはってあって、/『燕枝さん、ご勘弁』」。余計なつけ足しをせず、みごとな幕切れ。

★そのほか、早野凡平、水原弘、中村伸郎、清水金一、十代目金原亭馬生と懐かしい名前がいっぱい出て来る。顔写真と短いプロフィールもついているから、芸人事典としても一冊欲しいところです。

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