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沖縄県知事選に当選した翁長雄志さんインタビュー全文起こし

2014年11月16日(日)県知事選挙、当選の日。

深夜24時から翁長事務所にて、荻上チキが翁長雄志さんにインタビューしました。

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荻上:まずは、当選おめでとうございます。今回の勝因、そして、勝ったとき、どんな県民の声を自分は受け止めることができたんだとお感じになりましたか?

翁長:そうですね。まあとにかく、0.6%という日本の面積、戦後、一貫して60年間、74パーセントのね、米軍専用施設をね、ずーと置いてきて、なおかつ海を埋め立てて、新しい基地を作るというわけですから、沖縄県民からするとね、こんな理不尽なことはないと思いますね。なおかつ、戦中、戦争中のこともありますし、人が亡くなったりね、そして戦後27年間、切り離されて、米軍の政権下に入って、あの時は高等弁務官が握っていて、知事なんていないですよ、あなた、若いから中々分かりにくいだろうけど、県会議員とも言いませんでしたね、立法委員と言っていたんですね。そういった中で、日本国憲法の適用もなくて、27年間過ぎてきて、さあ、復帰して、アメリカから解放されたと思ったら、基地という意味ではまったく解放されないですね。ずーっと置かれてきた。そういうなかで、ぼくが訴えてきた日本の安全保障はね、日本国民全体で考えてくださいよと。役割分担してくださいよと、県民の切実な願いなんですよ。ところが、去年の東京要請行動でね、ぼくらは普天間の県外、国外、県内移設はやめてくれ。そして、オスプレイの整備は撤回してくれと。全県警に全市町村、全市町村議長がいって、一顧だにされないわけだから、46都道府県と沖縄は違うんじゃないのと。ほかの都道府県でね、これだけの政治家が動いていてね、何かでいやだといったらね、とてもとてもできる話じゃないのにね、沖縄だけそういう風にやられるのは県民は長い歴史の流れの中で、何も変わっていないなと感じて、今回のおそらく県民が、ぼくの市長、オール沖縄、そして、保革を乗り越えて、イデオロギーよりアイディンティティ。イデオロギーというのは「日米安保体制が賛成、反対」とかね、冷戦時代の「自由主義社会か共産主義社会か」というのがイデオロギーなの。アイデンティティというのはね、ぼくら沖縄の政治家はね、沖縄の県民が安心安全で、将来の子供たちが安心安全で、そして、琉球王朝という独立だったときもあるわけですから、それの名残が首里城とか、今帰仁城跡、組踊、空手とかあるわけでね、そういった自分の文化、自分の故郷に誇りを持てるかどうか、自信と勇気が持てるようなもの、そういうものを残そうというのが沖縄の政治家なんですよ。だから、おまえ保守だろ、日米安保体制賛成だろうって、賛成は賛成でもいくらなんでも、0.6%に74%を置いておいてね、自分たちは何にも負担しない、そういう保守とは違います。日米安保だけがすべてだというのとは違う。沖縄は沖縄の、地方を守る私、保守のね、沖縄の保守だったと、という話をして違いますよ、と強調しているんですけどね。

荻上:今回、結果を受けて、中央の政府の方も、粛々と進めていくという見解を崩さないそういった態度をとると思うんですけど、そういった態度に対して、どういう手段で反対の声を届けていきますか?

翁長:本土の人はすぐそういうこと、100万が1億人を相手にする時、おめえら勝てないだろう、何ができるんだ、黙ってついてこい、と言うようなことなんですね。質問ひっくるめてね。そういうようなもんなんですよ。だから、民主主義の、日本の民主主義の品格が問われていると思っているわけよ。だから、沖縄が何をするって、中東のようにするわけにはいかないですからね。座り込みをしたら引っこ抜かれるわけだから。いま海上保安庁20隻来ているんですよ。どこの地方にね、海上保安庁20隻入れてね、埋め立てをするところあります?こういうところまでやるところに、ぼくらに何をしようとしているか、そこら僕らが聞きたいぐらいでね。そうすると10万人集会をしながらね、いろんなことをしながら、県知事選挙で民意を表してもね、粛々とやっていくわけでしょ。ぼくは世界が見てますよっていているのよ。アジアが見てますよ。安倍さんは民主主義という、自由主義という価値観を持ってね、中国と対抗してね、国々と連携をしながら頑張っていきましょう、と言って歩いて回っているけど。沖縄に関して言うとね、民主主義とか自由主義とかね、こういうものね、まったく民主主義としてのレベルの低いところにあると思うんで。アジアのリーダーとして、世界のリーダーとしてね、冠たる日本という国はね、沖縄問題を解決しなければね、絶対できない。これを申し上げたいですね。だから、あんたがた抵抗するのでしょう、粛々とやるんだから基地は作られるだろう、と言うんであればね、日本国が民主主義国家の二流国家だということがね、世界の人たちに知ってもらいたい、これは日本の国益から言ってもね、大変、マイナスだと思いますよ。

荻上:こうした動きを矮小化する動きに、むしろ国民も加担しているという現状があるんだということを、多くの本土の人たちも受け取ってほしいというのがあるんですかね。

翁長:うん。一番日本国民が無関心・無理解ですからね。もう1つ誤解をしているのがね、「沖縄は基地で食べているんでしょ」というね、この認識があるんですね。戦争が終わってね、よくね、これも皆さん、ご理解頂きたいんですがね、20万人も亡くなってですよ、そして収容所に入れられたんですよ、沖縄県民はね、あちこちの、故郷じゃないよ、収容所にアメリカが入れて、その間に銃剣とブルドーザーで今の基地が作られたんですよね。住宅があるところも、みんなどかされて作られたんですね。そこで、ぼくらどこに帰って住むかというと、故郷には基地があるわけだから、その周辺で生きていくしかない。そうするとね、その時のね、県民総所得に占める基地の関連収入というのはね、50%なんですよ。だから、戦後の10年くらいはね、それで推移してきているから、あんたがた基地で食べているんでしょと言われたって、農業やられていたところも農業の土地がないわけで、商業やるところも商業の土地がないわけだから、基地の関連で生きていくというのは当たり前の話であったね。そうこうしている間に、復帰の(戦後)27年にはね、これ50%ぐらい、15%減ったんです。今は5%です。県民総所得は4兆円。そして、基地関連収入が2000億円、観光産業だけで、4500億円ですよ。そして、新都心地区という、近くにぼくが那覇市長になって区画整理をしたところがあるんですが、向こうは軍用地料が52億円入って、大変な収入だと沖縄県民は思っていたけど、完成したら、52億の代わりに、600億円の販売額が出てきている。この上、180名が1万8000名、あそこで働いているの180人しか働いてなかったんですよ。芝生の中の住宅地があるときはね。そして、税収は6億から97億円。だから、ぼくはね基地は沖縄経済発展の阻害要因だと思っているんですよ。それをまだね、免罪符をもらいたいんでしょうね、本土の人も。沖縄の人に申し訳ないなと思いながらもね、「だって、あれでしょ、基地経済で食べているんでしょ、それはしょうがいないでしょ、それでもって振興策もらったらいいですよ」と。沖縄は堂々とね、日本の中央も疲弊しているんだから、ぜひ沖縄の基地を持っていてもらってね、振興策がありがたいなら、ぜひ持っていってもらってね、地方再生に使ってくださいと言いたいぐらいです。ここの認識がぜんぜん違うんです。基地はもう阻害要因なんです。

荻上:加害者意識をごまかすためのロジックとして、基地というのが必要なんでしょと、むしろ沖縄に言い聞かせているということ...

翁長:よく言っているんですが、本州四国に3本、橋が架かっているでしょ、あれ1兆円ずつかかっている、あれ3兆円ね。で、九州に新幹線走っているでしょ、あれ9000億円以上かかっているんですね。あれは四国とか、九州が何か分からんけど、基地を持っていたり、原発を持っていたり、日本の負の部分を持っているから、あれを作ってあげたんだと、そうではないでしょと。四国も九州もあれを使って、四国はもっと元気になって、九州はもっと元気になって、そして、日本国に貢献しなさいと言っているわけなんですよ。沖縄はね、平行滑走路を造るときもね、基地があるから作ってあげる、なぜ、沖縄はね、何かをやる時にね、基地があるから作ってくれるという、このバーターみたいな話でね、話をするんですかと。何かあって、ぼくが文句を言うとね、沖縄は甘えていると話をするんです、官僚とかがよく。ぼくはこの前の東京要請行動ではね、こう申し上げたんですよ。「沖縄が日本に甘えているんですか?日本が沖縄に甘えているんですか?よく検証しましょうよ」と。これ、検証もしないで、そんなこと言われたら、私たちは大変厳しい環境に置かれますね。だから、そういったものが、日本国民がほとんど無理解、無関心の中で、中央メディアが報道をしない。これをね、ぼくらはね、例えばね、...こんなにたくさんしゃべっていいのかな。あの、嘉手納以南が今回、普天間が返還されるときに、みんな返されますよといってね。これだけ返されますとね、大々的ににやってね、本土の方はやってくれてるじゃんと思うかもしれないけれど、あれどういう風に書かれているかというと、那覇市の那覇軍港はね、2028年、今から14年後に返還します。キャンプキンザーは、2025年、12年後に返還しますと、全部いくつか書いてあるんですが、「またはその後」と書いてあるんですよ。ね、「結婚しましょう」と言って、「来年ね」と言って、「またはその後」と言ったら約束になりますか?まったくならいでしょ? それから、オスプレイもね、沖縄に配備されるときに、日米合同委員会で、ぼくらはあんな危険な飛行機やめてくれてと言ったって、「いいや、安全が確認されたので。運用面でも日米合同委員会で、市街地は飛ばない、市街地の上空はヘリモードでは飛ばない、そして、10時以降は飛ばないと取り決めたから、安心ですよ」と。この言葉の次にね、「できる限り」とついているのよ。「できる限り」とついてたらね、県がその一年間の違反を見つけて、「300何十か所ありますよ」と言ってもね、防衛局は「運用上、問題ありません。できる限り守っていますから」と、こういう形でやられたりするようなものが沖縄にあるんですね。沖縄も、そのできる限りと、またはその後というのはみんなわかっていて、「ふざけんじゃないよ、そんな馬鹿な約束あるか」と思うけど、本土の方々は「おお、前進しているんじゃない」と、認識の差があってね。ぼくみたいに強く言う人みたいな人にはね、「こいつ生意気なやっちゃな」と、そういうところがあるんですね。ぼくは自由民主党の県連の幹事長もしましたしね、仲井眞さんの選対部長も二回しましたしね、尽くして尽くして尽くし抜くして、やってくるんだけど、ちょっとでも「違うんじゃないですか」というとね、すぐね、今のような状況になっちゃうんですね。だから、日本の民主主義の国家としての成熟度が足りないんじゃないかなと、ぼくは思いますね。

荻上:今回、速報が出たときに、仲井眞さんの事務所の方にも行っていたんですけど、仲井眞さんは敗戦の弁の時にですね。自分は公約を破ったことは一度もないと話していて、町を取材を取材していた時、仲井眞さんに期待して投票していたのに、今回、裏切られたという方が翁長さんに入れたという方がいた。翁長さんに裏切られたらもう沖縄は終わりだと、そういう思いを込めた...

翁長:ぼくは裏切る前に自分が死にますよ。それぐらいの気持ちを言わないと沖縄の政治はできないですよ。ね。それぐらいの決意でやらなくちゃいかんですよ。今ね、予測不可能な中で、こんな言い方をされるとね、私はどうやってその言葉に言えるかというとね、その時は死んで見せますという、それぐらいの決意しか言えないですね。これはまどろっこい形で、世の中の常識がこうだから、万が一だったらできませんとか、攻める材料でしか考えてないからね、僕からしたら、「死んで見せます」というぐらいの気持ちでやるしかないですね。

荻上:那覇の基地が出ていましたが、住民の方に話を聞く中で、浦添の埋め立ての問題はどうなるのか、気にされる方もいました。松本市長のように、何かその後の動きが分かりづらい形になることが心配されている方もいました。浦添の話はどうですか?

翁長:これも流布されていて、皆さんのように誤解をしているんですね。確かに那覇軍港が、もともとは那覇軍港を早く返せという話だったんですね。ぜんぜん遅々として進まない中で、SACOの合意でも返還するということで、結果的に浦添沖だったんです。当然、浦添が了解するわけでもないから、ぼくらもなんてことなかったから、そのままだった。ところが、儀間市長が、時の市長が12年前ですかね、受けると。起爆剤にすると、そこの、埋め立ての下を浦添の土地にしてもらってね、そして、軍港ができたときにはね、それはそれなりに基地の関連の収入があるということで、円満に向こうが受けるというので、稲嶺さんと私たちからすると、那覇軍港を永久化するけど、動かせない、そして浦添の市長さんが了解をした。了解をした中で、協定を結んで、やったので、そこは反対したので、ぼくらがもってけという話じゃ、まったくないですよ。辺野古とは全く違うんですよ。それをすり違えてね、市長はあそこ反対しているのに、自分の土地がなくなるのはどうだという話をやられるんですが、13年前に、ちょっとインターネット調べれば出てきますから、3名で握手して協定書を結んだ。浦添さんから自発的に街づくりにね、利していきたいということで決まったことなんで、あれとこれと違います。

荻上:最初から強調されているように、民主主義の手続きの問題が重要なんだという話と重なるわけですよね。

翁長:民主主義の手続きも必要ですよ。これはやっぱり、地元でね、反対することについてはやめてもらいたいというのはあります。

荻上:地元の市町村、そして、議会が反対している限りは、その声をきかなくてはいけないということですか?

翁長:そうですね。うん。

荻上:話は変わるのですが、一部の方ですが、ヘイトスピーチ、本土でも問題になっている。中国に対して、沖縄で行っている方々もいたりします。また、抗議で官邸に行くときも、議員にヘイトスピーチをぶつける方もいました。これから知事は保守の立場として知事となられたわけですけど、ヘイトスピーチに関して、沖縄の県内の問題として、どんな認識で、どんな対応が必要だとお感じになっていますか?

翁長:ヘイトスピーチには表現の自由と関わってくるので、ある意味、ほんとやりたい放題でね。ぼくも市役所の前で、3年間にわたって、ぼくは中国のスパイということになっているんでね。習近平ともとても親しくてね、うちの娘も中国に留学していることになっているんですよ。埼玉の小さな大学にいて、きょうも帰ってきて一票投じて、あした帰りますけどね。あの、本当に素朴な娘ですよ。ここでは中国に行って、留学していると。ぼくは福州の名誉市民賞をもらっているんですね。それで中国に媚を売っているといっているんですね。それぞれの市長は交換でみんなもらっているんですよ。前のAさんもBさんもね。福州の市長さんもみんなもらっているんです。こういったものに、ぼくだけもらっているような格好をやりながら、うちの職員はこういう辞めてくださいよといったら、マイクで、「わー、私に暴力を振るおうとしています。こういうことを那覇市長はやるんですか」、手も出せない。そういうことからすると、ほったらかしにするしかない。ほったらかしたら、今度の選挙勝ちますからね。県民はよく知っているんですよ。星条旗と日本の旗を挙げてねやるようなものについてね。県民も民主主義という見方もするとね、本土から来る人がこういうのを信じて、「お前たちは中国のスパイか」とか「中国に帰ろうとしているのか」、何をバカな、中国に近いといったら、仲井眞さんのほうが、久米三十六姓の末裔だから、いわば華僑です。沖縄にきたらそんな意識まったくないんです。みんなウチナンチュになるんです。だから、久米というところにその末裔がいますけど、誰も中国の人だと思っていませんよ。沖縄の人だと思ってる。これに対して、ヘイトスピーチはね、これを分離しようとするものですからね。

荻上:沖縄県民に対して、本土の中で盛り上がってしまうという懸念もあるんですけど、

翁長:あるでしょ。止められないですよ。日本という国の民主主義の品格の問題だといっているんですよ。そうなるかもしれないから、お前らおとなしくしとけいうような、これもヘイトスピーチよりもきついですよ。無関心・無理解で通り過ぎる1億人もきついですよ。ヘイトスピーチもきついですけど、一番は自分の良心の痛みもないまま、だまって沖縄に押し付けて通り過ぎていく日本国民自体が品格がないんですよ。ヘイトスピーチが怖いから黙っとけと言うのはね、余計それはできない。どんなことがあってもぎりぎりまで自分たちの主張はさせてもらいたい。そうでもないと、本土の方は心の痛みもないまま、戦争中も思い出すこともないまま、サンフランシスコ講和条約、あんたがたの若い人たちに誇りを持たすと言ってね、安倍さんが去年の4・28でやりましたね。あれはね、ぼくらからすれば切り離された日でしょ。日本の国に悲しみを覚える地域があるというのにね、何ら一顧だにしないでね、天皇陛下をお参りしてバンザイするということを、やるというのはね、これはいかがなものなのかなと。これについてもね、反論するとね、やられるぞと、黙っとけよと、これが本当の民主主義なのかね。そして、誰も声を挙げないというのもね、一人ひとりの生き方としてはどうなのかな?としか、ぼくらは言えないですね。

荻上:なるほど。わかりました。ありがとうございました。

翁長:ひとつよろしく。

荻上チキ、南部広美
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