お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

放送中

放送中


宇多丸 『デッドプール』を語る! by「週刊映画時評ムービーウォッチメン」2016年6月18日

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

2016/06/18_デッドプール

宇多丸:「映画館では、今も新作映画が公開されている。
     一体、誰が映画を見張るのか?
     一体、誰が映画をウォッチするのか?
     映画ウォッチ超人、シネマンディアス宇多丸がいま立ち上がる——
     その名も、週刊映画時評ムービーウォッチメン!」

TBSラジオで毎週土曜日、夜10時から2時間の生放送『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』。
その中の名物コーナー、ライムスター宇多丸が毎週ランダムで決まった映画を自腹で観に行き、評論する「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ここではその文字起こしを掲載しています。

今回評論する映画は、『デッドプール』(2016年6月1日公開)です。

ポッドキャストもお聞きいただけます

▼新サービス「TBSラジオCLOUD」で聞くにはこちらから(無料で聞けます)。

スペシャルウィークの今夜、扱う映画は先週「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して当たったこの映画。『デッドプール』!

(BGM:ジョージ・マイケル「Careless Whisper」が流れる)

……ねえ。「Careless Whisper」。ワァム!っていうかね、まあジョージ・マイケル名義だったと思いますけどね。「Careless Whisper」を聞いてちょっと涙ぐむ日が来るとは思いませんでしたけどね。はい。マーベルコミック原作の異色のヒーロー、デッドプールの誕生と活躍を描くアクションエンターテイメント。デッドプール役は『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』でも同役を演じた……同役なのか? まあ、一応ウェイド・ウィルソンではあったけどね。ライアン・レイノルズ。ヒロイン役にはモリーナ・バッカリン。監督は今作が初長編作となるティム・ミラーということでございます。

ということで『デッドプール』、非常に注目作でございまして、この映画を見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールでいただいております。メールの量は……普通。ええーっ!? 『デッドプール』で普通なの? 『シビルウォー』であんな多かったのに? ええ〜っ……ええ〜っ!? 賛否で言うと、7割の人が絶賛。普通が2割。いまいちが1割というような反応。

「痛快!」「イカしてる!」という感想が多数。褒めるポイントで集中していたのは、「第四の壁」の世界——まあ、要はメタ的なギャグということかな?——の、描き方。ギャグのセンスとスピード感。主役のデッドプールの日本語吹き替え声優さんへの賛辞も多数。一方、「デッドプールの顔面、そんなにひどくなっている?」「内輪ネタがよくわからない」という意見もちらほら、などなどでございます。代表的なところをご紹介いたしましょう……。

(メール紹介、中略)

……はい、ということでみなさん、メールありがとうございました。『デッドプール』、私もですね、2Dでしかやってないんだよね。っていうか、3Dじゃないもんね。字幕2Dと、IMAX字幕2Dと、吹き替え2Dと、あと、もうすでに輸入ブルーレイ、DVDが発売されているので、輸入ブルーレイで音声解説を2種。計5周しておりますということですね。で、その吹き替え版の話とかね、セリフの意味とかニュアンスをどう訳すか?っていうのが非常に重要な作品なので。ちょっと最後の方にそのへんの話を、時間があればまとめてするつもりですが。はい。

で、公開週の六本木で見た時は、英語圏の方が手を叩いて大爆笑とかしてて……っていうのはわかるとしても、吹き替え版。学校帰りの高校生たちが男の子も女の子も制服のまま。たぶん評判が広がっているからなのか、結構高校生たちが来ていて。で、割と下ネタに普通にゲラゲラ笑っているような雰囲気で、本当に「あ−いいなァ! いい映画館の感じだなァ!」と思って見ておりました。ということで、『デッドプール』。アメコミファンには言わずと知れた超人気キャラ。90年代からずっといるキャラクターでございまして。この番組でも、光岡三ツ子さんをお招きしての最初の、2014年のアメコミ特集でも一押しキャラクター的に紹介しました。

ちょうど、その2014年10月の特集だったんですが、それっていうのは今回の実写版『デッドプール』のテスト映像っていうのがネットに流出した直後だったんですね。いま、今回は実写と組み合わせですけど、CGで作ったテスト映像が、なぜか流出したことで。そしてそれがファンの大評判を呼んだことで、スタジオ側の本格的なゴーサインが出た。なぜ流出したのかは、監督は「違うよ、俺じゃないよ」って言っているけど、でも、ライアン・レイノルズは「俺はぶっちゃけ疑っている(ニヤリ)」って感じだという(笑)。まあでも、そのおかげでゴーサインが出たというその結構直後だったんで。「デッドプールの映画化、楽しみですね」っていう話をしたばっかりの2014でございました。

まあ、デッドプールというキャラクターがどのようなキャラクターであるかとか、歴史に関してはまあ、たとえば『別冊映画秘宝 アメコミ映画完全ガイド2015 ネクストヒーロー編』というのが出ていまして。

これがすごく詳しいので、こちらを読んでいただければいいんじゃないでしょうか。まあ、アメコミファンには言わずと知れた人気キャラなんだけど、ただ日本を含め世界中の一般層にはまあ、はっきり言ってまだまだ無名と言ってもよかろうデッドプールというキャラクター。だからこそ、近年のアメコミヒーロー映画としてはもうかなり低予算しか——1/4みたいなことを言っていたかな?——ぐらいしか与えられなかったし。

あと、このキャラクターの本質にもかかわる部分として、暴力描写、性描写っていうのを賢明にもオミットしなかったことで……まあ、一応PG13バージョンも作ってはみたものの、やっぱりこれじゃダメだということで、アメリカではR指定。つまり17才以上しか見れませんよと。日本だとR-15指定。15才以上しか見れませんよという公開の仕方になったりして。つまりこれ、『デッドプール』という作品はそもそもディズニー傘下のマーベル・スタジオ、いわゆるマーベル・シネマティック・ユニバースの流れでは作られ得なかった作品でもあるわけですけど。ということで、予算も少ない。公開規模もある意味、限られた公開の規模しかできなかったということで、たとえば『シビル・ウォー』であるとか、『バットマン vs スーパーマン』であるとか、あるいは同じ20世紀フォックスがやっている『X-MEN』シリーズ。特に今度、『X-MEN:アポカリプス』っていうのがありますけども。とかとも比べても、要はそこまでヒットするとは思われてなかった。期待されていなかった作品とは言えるわけですね。

しかし、蓋を開けてみれば、アメリカはもちろん世界中、そしてなんと日本でも、無事大ヒットということ。で、期待されていなかった日陰の存在が一発大逆転ホームランっていうこの構図は、2013年の大傑作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を非常に思い起こさせますが、実際に今回の実写版『デッドプール』の実現から大ヒットの流れは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のような作品が大成功したことが影響しているという指摘を先日、光岡三ツ子さんもされていました。まあ、共通しているのはこういうことだと思いますね……一見、正統派ヒーローとは程遠いおちゃらけた、反則技的キャラクター。まあ、ポップカルチャーパロディとか小ネタもいっぱい入っているような、おちゃらけ、反則技的キャラクターに一見、見えるんだけど……実は普遍的に人の胸を打つドラマとかストーリーを結構すごく丁寧に語ってもいると。

つまり、ひねくれているように見えるけど、実は結構この上なくストレートな作り。ストレートに感動できる作り。普通にいい映画っていう作りになっているということだと思いますね。だからこその、一般層まで含めた大ヒット、そして高評価ということだと思います。たとえばこの『デッドプール』の場合ですね、かならず言及される特徴として、例の「第四の壁を破る」。要は、見ているこっち側というのは普通、演劇とか映画とか、なんでもいいですけど、いないものとして扱うんだけど、それが観客に話しかけてくると。そういうメタフィクション的な作り、第四の壁を破る。しかも今回の実写版では、「第四の壁を破るのがデッドプールだよね」っていうよく言及されるネタ、話さえもパロディ化しているわけですよね。「第四の壁って言うけど、今回はそれすら超えて……」みたいな話もするという。とにかく、そういうメタなギャグ構造っていうのがあったりするわけですけど。

ちなみにこのメタなギャグ構造っていうのは源流は、いろいろあると思うけど、僕がいちばん連想したのは『ルーニー・テューンズ』ですね。ワーナーのアニメーション。実際に『デッドプール』、最初に知った時に、「ああ、なんかバックス・バニーっぽいな。もしくは、ダフィー・ダックっぽいな」って。要するに、『ルーニー・テューンズ』っぽい。『ルーニー・テューンズ』っていうのはとにかく、特に1950年代、チャック・ジョーンズという天才的な作り手がいて。もう、そういうメタギャグ構造は極めまくっているわけですよ。『ルーニー・テューンズ』は。

なので、そういうのがあったりして。ちなみにデッドプールのメタギャグみたいなのがいちばん味わえるのは、コミックはもちろんのことですけど、ゲーム版がございまして。このゲーム版のデッドプールはですね、すっごいバックス・バニーっぽいメタギャグが徹底されている作品で。実写版の今回のとはまた違ったデッドプールの良さが出ていると思いますので、こちらぜひ、1回プレイしていただきたいんですが。で、もちろん今回の実写版でも、デッドプールをやるならばそれは当然のように、ちょいちょいその方向のギャグは入れてくるわけです。それこそ、エンドクレジット後までね、『フェリスはある朝突然に』ネタが入ってくるとかね。とにかくそういう、第四の壁を破るだの、メタ的なギャグが入ってくるんだけど。

特に、ここでは細かく語る時間はないですが、主演のライアン・レイノルズさんがここに至るまで歩んできた、本当に苦難の道のり。現実の役者としての苦難の道のり。その忸怩たる思いとかがあちこちに、それこそメタ的に織り込まれていたりするわけですけど。ただですね、それが決して劇中のウェイド・ウィルソン、つまりデッドプールになる人ですけど。ウェイド・ウィルソンが抱いているリアルな心情、つまり、劇中のリアルなドラマ性とかストーリーっていうその芯の部分まで——メタフィクション的な遊びっていうのはやりすぎるとそういうお話の部分まで解体してしまうわけですけど——それを解体してしまうところまではいかないバランスに踏みとどまっているんですね。

それどころか、ここが本当に今回の映画版は偉いんだけど。このデッドプールというキャラクターのメタ的に、要は客観的に見て、終始物事を俯瞰して見て、突っ込んだりボケたりせずにはいられないこの性分っていうのは、今回の映画版を見ているとですね、要は、彼の人生を覆ってきた、常人とは全然違うレベルの痛みとか苦しみとか悲しみ……もう、ひどい人生を送っているわけですよ。つまるところ、絶望に飲み込まれてしまわないための、実は結構切実な生きる術なんだっていうことが次第にこっちにも伝わってくる作りになっているわけです。

結構、アメリカの不良のね、僕は映画でしか知らないけど、たとえば『ブレックファスト・クラブ』のさ、不良の振る舞いっていうのも非常に、自分の辛い環境っていうのがあるから、それをなんとか笑い飛ばそうとして。不良に限ってそういう茶化すようなことを言うみたいなのは、結構アメリカ映画でよく出てきますけども。まさに、そういうことで。で、実際にね、今回の映画の中で主人公があう目っていうのはね、全体のトーンとしてはコメディ映画ですよ。ものすごいコメディとして扱われているけど、冷静に考えて、この映画の中で彼があう目ってこんなひどい話があるか!?っていう、もう悲惨極まりない話ですよね。これね。

要するに、大人になるまでもひどい育ち方をしているわけですよ。生い立ちだって冗談めかして語っているけど、現実として考えたら本当に不幸そのものな人生なわけですよね。貧乏だし、虐待も受けていたっぽいし。で、結構そういう傭兵、人殺しについていろいろひどい目も見てきて。で、ようやく幸せをつかみかけたら病気になっちゃって。病気を治そうと思って行ったら騙されて、拷問されてバケモノにされてっていうさ。ひどすぎる!っていう話じゃないですか。

だからこそ、彼は絶えずその悲惨極まりない現実を相対化して茶化そうとする。笑いのめそうとするわけです。そうしないと、絶望に飲み込まれちゃうからっていうことですよね。つまり、彼がふざけるのは誰よりも苦しんでいるからだし。彼が悪ぶっているのは、誰よりも優しいからっていうのがわかるからっていう、そういう作りになっているということですよね。だからこそ、たとえば見ていて同じように傷ついた魂同士が……これ、ヒロインを演じているモリーナ・バッカリンさん、素敵ですね。本当に素敵なヒロインが、でもあのヒロインも……現状、売春婦だし。そこに至るまでの生い立ちも本当にひどかったっぽいんだけど、でも、腐るでもなくそれを笑いのめすような生き方をしていて。

つまり、2人の傷ついた魂が、本当に傷ついているから笑うしかないっていう2人が、惹かれ合って求め合うラブストーリー。中で「ラブストーリー」って言ってるけど、あれはふざけているわけじゃないよね。たとえやっていることは、笑っちゃうほどあけすけなセックスプレイ。性的なプレイであってもですよ。国際女性デーとか笑っちゃったけどさ。でも、これは本当に純粋に心を打たれるラブストーリー。本当に2人の幸せを願わずにはいられない。本当にこれこそ、『ある愛の詩(Love Story)』ですよ。難病ものだしさ(笑)。だからこそ、その2人が幸せになった時に、「でもこれはあくまでもCMタイムで、これから通常の悲惨な人生が始まるのさ」っていう場面で、「そんなこと言うなよ〜!」って思うし、彼らがハッピーエンドを迎えた時に「よかった〜!」って本当に心から思える。本当に本気で涙が出てくるというラストになっているということだと思いますね。

ということで、メタなギャグであるとか、大量の80年代、90年代中心のそういうポップカルチャー小ネタとか。個人的にはものすごい同世代感を感じるギャグですけど。ものすごい、もう全部ほとんどわかるぐらいの感じだけど。そういうネタ的な楽しさに満ちた作品なのは間違いないけども、その中心には、まあはっきり言えば『オペラ座の怪人』ですよ。これは古典的な話ですよ。顔が醜くなった男が、かつての恋人を追いかけて、陰から見ていて、苦しい思いをして。『オペラ座の怪人』や、『ダークマン』とかいるけど……まあ、『ダークマン』も『オペラ座の怪人』だから。

『オペラ座の怪人』なんだけど、とにかくそういうシンプルでストレート。むしろ古典的でさえあるドラマの芯が1本ドーンとしっかり通っている。むしろ、さっきから言っているように、ふざける細部っていうのはキャラクターとかドラマに切実さ、深みをもたらしているという、非常に見事な作りになっていてですね。これ、脚本はレット・リースさんとポール・ワーニックさん。『ゾンビランド』っていうゾンビ映画をやったコンビですけども、非常に確かな仕事ぶりじゃないでしょうか。それでいて、語り口は非常にタイト。あくまでもタイト。108分。大きな見せ場は2つしかないというね。ヒーロー誕生譚というのはとかくクドクドクドクド、わかりきった話を……早く出せよ!ってなりがちなところを、時系列をいじったカットバック的な語りで、スピーディーに、退屈させずに語り切る。この作りも非常に上手いですしね。「ああ、この手があったか」っていう感じだし。

まず、単純にですね、これがタイトなのはさっき言ったように予算的な条件が大きいらしいですね。それこそ、2つしか大きな見せ場がない上に、その見せ場のうちの1つ……高速(道路)でのカーチェイスがあってから、銃撃戦がありましたよね。で、12発しか弾丸がない中で、敵を全部倒さなきゃいけないっていう場面ですけど。あれ、本当は元の脚本では18発だったんですよ。18発あったのが、予算の都合で12発にしたとかね(笑)。そんぐらい切り詰めてやっている。でもそれが結果的に、要は大きな見せ場みたいな、スペクタクル的なところを並べるあまりダラダラ長くなる一方の最近のアメコミ映画とは一線を画す、ある種の見やすさ、スピーディーさを生んでいると思います。

また、監督のティム・ミラーさん。この方は長編デビューだけど、そもそもブラー・スタジオっていうCG制作スタジオでいろんなゲームのムービーとか、映画のオープニングムービーとかを作っている人で、まあ手練れっちゃあ手練れの人で。この人が、ブルーレイに入っていた音声解説で言っているんですけど。とにかく繰り返し言っているのは、「とにかくペースアップを心がけた」って言っていて。なので、DVDとかに入っているカットされたシーン。後ほどね、日本でも見れると思いますけども、いい場面がいっぱいあるんですよ。

たとえば、ウェイドとバネッサがガン治療のために世界を回るっていう場面で、メキシコで『マン・オン・ザ・ムーン』っていう実在のコメディアン、アンディ・カウフマンの映画、あったじゃないですか。あれがガンを治しにいくっていうところのくだりのラストの近くと同じ、ある展開があったり。これ、すごく胸が痛くなる、すごくいい場面だったりとか。あと、敵のエイジャックスが、本当はあれ、ラフト刑務所から出てきた直後なんです。彼は。『シビル・ウォー』で出てきた、あの大げさな刑務所(と同じ場所の設定)。もちろん海からドーン! なんて、そんな描写(をやる予算)は無いですよ、こっちの映画は。でも、そこもカットしてとか。あと、デッドプールとコロッサスの口論ももっと長かったりしたんですが、カットして。

とにかく、いい場面はあったけどペースアップっていうのを非常に意識的にやっていることでもある。このタイトさは。で、あとカットされたシーンみたいなのを僕、ブルーレイとかで見てわかることはですね、ウェイド・ウィルソン、デッドプールを演じているライアン・レイノルズとその相棒ウィーゼルっていうのを演じているT・J・ミラーさん。このT・J・ミラーさん、非常に無表情でひどいことを言う感じが逆に親しいんだなっていうのがわかってすごくいいですが。吹き替えでもそのへん、ちゃんとキャラクターがつけられていてよかったと思いますが。この2人のセリフはめちゃめちゃアドリブしまくりの大量のテイクから選ばれたものなんですね。

たとえば、ウィーゼルがバーのところでジョークを言ってるじゃないですか。「医者が余命5、4、3、……」っていうギャグ。あれ、毎テイク、ジョークが違うから。その後にエイジャックスたちが店に入ってくるタイミングがわかんないから、「たのむから同じジョークを言ってくれ!」って言ったぐらいっていうね。あと、たとえばデッドプールが「シニード・オコナーかよ!」とかさ、ああいう80’s、90’sポップカルチャーネタみたいなのを結構入れてくるんだけど。あれ、結構な割合でライアン・レイノルズが勝手にアドリブで入れていることっていう。もちろん、ライアン・レイノルズ自虐ネタもそうだし。あと、X-MENネタ。たとえば、「えっ、プロフェッサーXに会わせる? マカヴォイ? スチュワート? 時系列がわかんないんだけど」とか、ああいうの。あと「なに? この屋敷に2人しかいないように見えるのは、予算がないから?」とか。これはライアン・レイノルズが入れてるアドリブなんですね。これね。

ということで、さっきも言ったように、ここに至るまで非常に長い紆余曲折を経て、苦節ン年でここまで至ったライアン・レイノルズ。きっかけは2004年の……最近、日本語版が出た『ケーブル&デッドプール』という中で出てくるあるセリフ。要するに、「ライアン・レイノルズとシャー・ペイ(犬)を掛けあわせたような顔だ」っていう。これを見て運命を感じたというところから始まっての、そのデッドプールという役の因縁をもっているライアン・レイノルズ。いろいろあったけど、アドリブ力とか、おしゃべりモンスター力を含めて、本当に理想的なキャスティングだったんだなというのがはっきり、今回確信できる感じだと思う。

今回の作品でライアン・レイノルズを見直したという人、世界中に僕も含めてたくさんいると思います。それこそ、辛い思いをいっぱいしてきたのを笑いのめして……っていうのは、彼こそが、ライアン・レイノルズこそが、デッドプールその人なんだ!っていうことですよね。かと言って、そのアドリブ、おふざけも、さっきから言っているようにドラマ、ストーリーのバランスを崩すほどは悪ノリしないというところが見事なあたりで。それこそ、『ルーニー・テューンズ』的なスラップスティックやりすぎると、お話を解体されきっちゃうと……『ルーニー・テューンズ』は5分だからいいけど、映画を見きれなくなっちゃうから。ギャグの入れ方も非常に微調整されていると。

事ほど左様にですね、全てにおいて、これは言い方がつまらない言い方に聞こえるかもしれないけど、実はバランスがいいんですよね。すごくバランスがいいっていうのが本作の真の勝因だと思います。たとえば、実写とCGのバランスがすごく考えられていていい。そこはやっぱりCG会社を経営されているだけあって、監督のティム・ミラーさん。すごくわかっていると思いますが。アクションシーンにしろ、メイクとかコスチュームなどにしろ、CGの入れ込み方がさすが本職だけあって完全にシームレスになっていて、すごく上手いというあたりもあるし。チープなところとそうじゃダメなところが、コスト計算がちゃんとできているっていうことだと思うんですけど。

あと、そことも通じるけど、アメコミ的キメ画と映画的な動き、連続性みたいなものとのバランスもすごくよく配置されている。それこそ、ド頭から思わず笑っちゃうオープニング・タイトルシークエンスとその後で出てくる実際の、なんでこの場面になったかの一連のシーンは、アメコミ的なキメ画イズムと、映画ならではのその動きとか空間の連続性っていうのの見事なハイブリッドですよね。あそことか見事。上手いな! という風に思いましたけど。あと、暴力性とかグロさも観客が引きすぎないレベルに、実はちょうどよく調整済みと。だから、ウェイドの顔がそんなに醜くなっていないっていうのは、あれは当然作り手側ももっと醜くしていたんだけど、見るのがキツくなるレベルじゃないレベルに調整しているっていうことですよね。

もちろん、たとえばかっこよさと笑い、緩急のバランスみたいなのは言うまでもなくということだと思いますね。たとえば、クライマックスの殴りこみシーンで、DMX。見事にバカっぽいDMX(『X Gon’ Give It To Ya』)をバカかっこいい感じでかけて。行くぞ!ってなったらそこで一旦、膝カックンして。からの、もう1回行く! みたいなね、緩急のバランスはもちろんということでございます。ということで、骨格は実にシンプルなんだけど、ディテールを何度でも味わい尽くしたくなるという良さに満ちていると思います。

ただ、これは作品そのものの出来とは関係ないですけど、やっぱり日本の観客には一定割合、言語ギャップ、カルチャーギャップから来る若干の置いてけぼり感というのはどうしてもあると思う。たとえば、敵のエイジャックス。「お前、偽名だろ?」って。で、「○○か? ××か?」って、いろんな名前を言うくだり。字幕では「ミスター・ビーンか?」ってなっているところ。吹き替えでは「イギリス人か?」ってなっているところ。あそこ、本当は「バジル・フォルティか?」って言っているわけですね。バジル・フォルティっていうのは『モンティ・パイソン』のジョン・クリーズという人が『モンティ・パイソン』の次にやったドラマシリーズ、『フォルティ・タワーズ』の主人公の名前なわけです。だから、まあイギリス人でちょっとふざけて言っているわけですけど。

で、『モンティ・パイソン』ネタはコロッサスを殴れば殴るほどデッドプールがひどくなっていくっていうあのシーン。あれは『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』っていう映画のオマージュでもあったりするので、お好きね〜っていうことなんだけど。なんにせよ、そんな「バジル・フォルティか?」って聞いたってわかるわけない。もう日本人関係ないな。わかる人は限られているわけで、これはいずれ日本版ソフトが出る時に、日本オリジナル特典の音声解説とかで、それこそ町山(智浩)さんとかを呼んできて全ネタ解説とかつけてくれればもう最高!っていうことですよね。

「おい! こんなロージー・オドネルみたいなのと残す気かよ?」みたいな。ロージー・オドネルっていうのはやっぱり説明必要だと思いますので。その点、吹き替え版はですね、少なくともデッドプールというキャラクターのニュアンスみたいなのは日本人にも直接的に伝わるようになっていて、本当にすごくよかったと思います。「今夜、オナニーしよ〜っと」とか。あと、「スーパーチンコ」っていうものすごい直接的な表現。とてもよかったと思いますが。

ただ、ちょっと訳し方的にあれっ?って思ったところもありましたけどね。デッドプールの名前を決めるところで、ウィーゼルがですね、「フランチャイズっぽい名前だな」っていうのを吹き替え版だと「チェーン店っぽい名前だな」って訳し方をしているんだけど。フランチャイズは……もちろん「チェーン店」とも取れるけど。音声解説でも監督もそう解釈しているのはこれ間違いないけど、要は「シリーズものっぽい名前だな」っていう、ちょっとメタなセリフなんですね、あれはね。で、ウィーゼルがメタなことを言うのは、リアリティライン的にはちょっとアウトなんだけど、監督は「面白いから有りにした」的なことも解説で言ったりしていました。

もちろん、1個1個の小ネタギャグね。はっきり言ってこれ、「わかんないけどなんかオモロイ」で十分です。っていうか世界的に言っても、さっきの『フォルティ・タワーズ』ネタとかわかるわけないんだからさ。だから、いいんです。わかんないけど、なんか面白い。後から勉強してねっていうことでいいんだと思います。とにかく、一見さんでもすんなり楽しめ、なんなら感動できる。一方、マニアたちも納得。細部に至るまで、もうしゃぶり甲斐がある。「あっ、ボブ出てきた!」みたいなね。ボブっていうのはデッドプールの手下のキャラクター。ボブが出てきたとか。

とにかくバランスよく丁寧に真っ当に作られた、これぞ実は王道エンターテイメント。作った人たちのガッツに、特にライアン・レイノルズの「くじけなさ」に僕は心からの拍手を送りたい。一言でまとめれば、最高です! いま、これを見なくてなにを見る? ぜひ劇場でご覧ください。

(ガチャ回しパート中略 〜 来週の課題映画は『クリーピー 偽りの隣人』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。