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【映画評書き起こし】宇多丸、『アシュラ』を語る!(2017.3.18放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

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宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告するという映画評論コーナーでございます。今週扱う映画は先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『アシュラ』

(BGM:曲が流れる)

今週は『アシュラ』のサントラがなかったので(関係ない曲を流していますが)。まあ、トム・ウェイツの「あの曲」でもよかったんですけど……後でその話、しますけど。『MUSA 武士』のキム・ソンス監督によるクライムサスペンス。架空の都市アンナム市を舞台に、私利私欲に走る市長と、その使い走りとして奔走する主人公の悪徳刑事ドギョン。そして市長を立件するためドギョンを利用しようとする検察と、三者の思惑が交錯し壮絶な駆け引きと暴力の嵐が吹き荒れる。主演は『私の頭の中の消しゴム』のチョン・ウソン。『新しき世界』のファン・ジョンミンらということでございます。

ということで『アシュラ』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)をメールなどでいただいております。ありがとうございます。みなさんね。メールの量は、正直少なめ。ただね、これ東京だと新宿武蔵野館でしかやっていないんで。一館なのでこれはもうしょうがないんですけども。ただ、賛否の比率は圧倒的に「賛」多し。まあね、わざわざ新宿武蔵野館に『アシュラ』を見に行ってね……「そういうの」を見に行ってるんだから、好きに決まっているっていう問題はありますけどね。否定的意見はごくごくわずか。「全員悪人」「役者陣の熱演もすさまじい」「よい意味で後味が最悪」などの興奮気味のメールが多かったということでございます。

ということで、代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「ニンニク星人」さん。

「私の映画スカウターは測定不能で爆発してしまいました。最高・オブ・最高です。真の意味で悪いやつしか出てこない。こんな映画をどれだけ待ち望んだことでしょう。普通の映画で悪いやつが出てくると、序盤でいい人をいじめたりする描写で悪さを強調しますよね? しかし、『アシュラ』では悪いやつが悪いやつをぶっ殺す。そしてさらに悪いやつが現れて、そいつをぶっ殺す。『あんな悪いやつを倒すなんて、なんて悪いやつなんだ!』と思わせてくれるんですよ。言わば悪の『ドラゴンボール』。闇の『ジャンプ』。男の子は嫌いなわけないでしょう? 終盤はフリーザ編さながらの、『まだ変身を残していたのか!?』展開が最高すぎて漏らしそうだったので、これから『アシュラZ』『アシュラGT』『アシュラ超(スーパー)』と永遠に続けていただきたいと思います」という。インフレが続くっていうね。ただその悪のインフレの中で、主人公は別にトップじゃないっていうか、結構下の方っていうところがポイントかもしれませんけどね。

ちょっとダメだったという方もいらっしゃいました。ラジオネーム「モグモグ」さん。「韓国映画でアクションやサスペンス物といえば、概ね過剰なバイオレンスとサディズムにあふれたもので、それだけの映画は正直パスです。幸い、いままで見た韓国映画はその中で光るものを見せつけ、忘れられぬ傑作もありました。『殺人の追憶』『オールド・ボーイ』『アジョシ』なんかがそうです。『アシュラ』はそれらの作品に肩を並べるか? というと、私の感想は否です。中盤までにかけて期待させるように人間関係、駆け引き、対立はもつれ込むのですが、肝心のクライマックスでそれら全て台無しです。クライマックスの大殺戮にはカタルシスも熱くなるものも人物の変化の何もなく、ひたすらバイオレンスとサディズムだけで見るに堪えないものでした」というね。こんなご意見もございました。

はい。ということで新宿武蔵野館でしかやっていないという作品。私も2回、見てまいりました。脚本・監督はキム・ソンス。当コーナーで扱うのは初……と言っても、実は作品の間が空いていて。前作。いわゆるパンデミック物の『FLU 運命の36時間』っていうのが2013年。これね、パンデミック物で、話運びにはいろいろ言いたいこともあるんだけど……リアルサウンド映画部っていうWEBサイトのインタビューを読むと、監督自身、ちょっと不満もあったっぽいですけども……その『FLU』。パンデミック物として、クライマックス手前に……今回のもそうなんだけど、かならずちょっと忘れがたい強烈なシーンとか画一発がドーン! とあって、それで持って行かれてしまうという。そんな『FLU 運命の36時間』、これが2013年で。で、その前の、さらに前々作、ラブコメの『英語完全征服』ってなると、これがもう2003年なんで。この間に10年間空いているんで、(2008年4月から2013年3月まで、当コーナーが『シネマハスラー』という名前だった頃に作品を決める手段だった)サイコロや、ガチャの候補になりづらかった。この番組で取り上げづらかった、というのがあるわけですけど。



ちなみに、「キム・ソンス」さんっていうと、日韓合作の西島秀俊さんが出ている『ゲノムハザード ある天才科学者の5日間』。これの監督も同じ名前なんだけど、これはたぶん同名異人だと思います、私が調べた範囲だと。まあ、とにかくキム・ソンスさん。90年代デビューなんですね。なので結構ベテランなのに……ということで。これ、私の結論を先に言っておくと、結構なベテランなのに、ここに来ていきなりぶっちぎりの——少なくともキム・ソンスさん自身の作品の中では、ぶっちぎりの最高傑作と言っちゃっていいと思いますけども——を、撮っちゃうんだから。これは僕、なかなか勇気が出る、うれしい話じゃないかなという風に思います。

さっき言ったリアルサウンドの映画部のインタビューによると、キム・ソンスさん、「今回は自分が本当に撮りたい作品を作りたいという思いが強くあった。前作の『FLU』では観客に目線を合わせた方が興業的に成功するのではないかと思い、別の脚本家が書いたシナリオで撮った」。そしたら、「結果的に作品自体が少し未熟なものになってしまい、私自身恥ずかしい思いをしてしまったので、今回は自分のために自分の好きな映画を作ろうと考えた」という……『FLU』の共同脚本、イ・ヨンジョンさんの立場は?っていうね(笑)。『殺人の告白』とかね、そういう脚本をやっている方ですけどね。

でもとにかく、たしかに、「自分の本当にやりたいものを作った」ってこのキム・ソンスさんの発言。キム・ソンスさんのフィルモグラフィー上でも、たしかに今回の『アシュラ』、いちばん近いのは、最初に自主制作で作った短編『悲鳴都市』っていうのが1993年にあって、それを長編化した劇場デビュー作……僕はその短い方の『悲鳴都市』は見れていないですけど、95年の劇場デビュー作。これはイ・ビョンホンのデビュー2作目でもありますけど、『ラン・アウェイ』っていう1995年の映画があって。これが、フィルモグラフィー上でも(今回の『アシュラ』は)ここにいちばん近いかもっていうぐらい、要するに原点回帰というか。もちろんストーリーは全然違うんですけど、でもこういうことですよ。正邪の曖昧な……というよりそれぞれに「悪」を含んだ複数の勢力がぶつかり合い、最終的に「えっ、そこまで行く?」というぐらいの、大量の死人が出るっていうね。

これ、ジャンルとしてノワールじゃないけど、『MUSA 武士』もそういう結末だったと思いますけども……で、割りと最終的に、神も仏もないっていう感じでばっさりと幕が引かれていくというね。まあ、むちゃくちゃ非情でバイオレントでエクストリームな、韓国ならではのノワールという点で……しかも途中途中で、たとえばバイオレンスシーンに、なんかしら、あっと驚く仕掛けとか、ちょっと工夫した見せ方とかをしている。という点で、今回の『アシュラ』。キム・ソンスという作家の原点、さっき言った『悲鳴都市』から『ラン・アウェイ』というこの作品に至る、出だしの部分的なところに返った一作、という風にも言えるんじゃないかなと思いました。

に、してもですね。映画としてのクオリティーとか、あと突き抜け方、妥協のなさということに関して、今回の『アシュラ』はやっぱり、彼の『ラン・アウェイ』とかも含めた過去作と比較しても、明らかに突出していると思います。今回はワンランク上の出来、ということは間違いないと思います。大きくカテゴライズすれば、フィルム・ノワール。その中でもいろんなのがありますけども、大ざっぱに言えば潜入捜査物、二重スパイ物……ゆえの、板挟みジレンマ物というか、そんな話。たとえば香港映画『インファナル・アフェア』とか、その方向の話とは言えると思うんですよね。とにかく板挟みになると。

なんだけど、この『アシュラ』がそういう先行する潜入捜査物だの、二重スパイ物だのっていうのと大きく違うのは、主人公が組織の上層部に食い込んでいくとか、(潜入した先の)こっち側でも出世しちゃって、
「さあどうしよう。困った」っていう、『インファナル・アフェア』とか(そのリメイクである)『ディパーテッド』とか、そういう話では全くない。そういう、要するに主人公がそれなりにかっこいい……普通の人より優れた能力を持っているとか、頭がいいとか、正義感を持っているとか、そういうのでは全くなく。単にこの『アシュラ』の主人公は、その場その場で長いものに巻かれていくしかない、本当に下の下の、いわゆる「イヌ」。本当にもう、いいように使われるし、いいように裏切るしっていう、本当にいわゆる「イヌ」でしかない。それが主人公っていうところですよね。

キム・ソンス監督自身もあちこちのインタビューで言っている通り、通常のノワールというか、通常の映画であれば、完全にザコキャラとして扱われて終わりっていうような。一瞬だけ出てきて、それこそ殺されキャラとして出てきて終わりみたいな、本当に取るに足らない存在。それが、対立する権力同士の間で、虫けらなりにもがこうとするんだけど、結局否応なく力に屈服させられ、利用され、使い捨てられていく。で、その虫けらにできることといえば、せめて全員を地獄に道連れにしてやることぐらいしかできない、っていうね。そういう全く救いのない……でも、その「破滅に向かって一直線!」っぷりが、だんだんもう、爽やかにすら感じられてくるっていうね。そんな映画ですね、今回の『アシュラ』はね。

で、いま「屈服」という言葉を使いましたけど、この映画は本当に、ド頭からケツまで、「屈服する/屈服させる」、これのエスカレーションですね。「よりゲスな悪知恵を働かせて」「より躊躇なく暴力を振るい」「より人を人とも思わない」方が……要するにトータルで「より悪い」方が強くて、それが、弱い方の人間を屈服させていくという。ある意味もう、その連鎖「だけ」で成り立っています。もう、最初から最後までそれです。はい。だから最初、ある人物に対しては圧倒的強者に見えたやつも……たとえば最初に、市長の選挙違反の証人で出るというやつを脅して、っていうあの場面では、通称「棒切れ」っていう……主人公の刑事が利用している棒切れっていう登場人物がいるんだけど、その棒切れが、最初は強者に見えますよね? 「ああ、とんでもないヤクザだ。悪いやつだ」って思うんだけど、そいつも、より強い者、たとえば主人公の悪徳刑事の前では、めちゃめちゃ無力な、ただのジャンキーに見えるし。かと思えば、そのジャンキーに向かってものすごい高圧的な態度に出ていた主人公の刑事は、さらに強い立場のところに行くと、全然ただの弱者になっていくという。

そういう連鎖になっていくと。で、最終的にいちばん「強い」立場を勝ち取るのは誰なのか?っていうのが、終盤に明らかになってくるということですけど。とにかく終始、その連鎖です。「屈服する/させる」の連鎖。で、要するに力によって人を屈服させていくというそのプロセス、その無残さというか、醜さというか……大きく言えば、「人間の尊厳の否定」というか。力によって、人間はいくらでも折れる。もともと言っていたことも曲げるし、人として間違ったこともやる、っていう。その、人間の尊厳の否定っていうのが積み重なっていく、そしてエスカレートしていく、というところが、本作の物語的なキモだと思うんですけど。

いずれにせよこの主人公、普通だったら、この「より悪いやつが勝つゲーム」の中でですよ、ピカレスクロマンだったら、その主人公が、悪の華としての魅力を放っていくとか、そういうところでエンターテイメント性を発揮していくわけだけど。この『アシュラ』の主人公はですね、この権力ピラミッドの中でも、全然下の方なんですよね。下の方で、しかも全然上に行けない。自分より弱い者に対しては……さっき言ったように、自分が飼い犬として使っているジャンキーの、しかも結構な年配のおじさんに対しては、ものすごく強く、「オラ、なんだ? 勝手に行動すんな、オラッ!(と何発も殴る)」。で、金を渡して、「オラ、言うこと聞けよ、この野郎!」みたいなことをやるのに、強い者の前に出ると、今回の主人公は、まあ虚勢は張るんだけど、それ以上のことはできないんですよね。

だから、「はぁ? なんすか、はぁ?」みたいなことをやるんだけど、「はいはいはい。弱い犬ほどよく吠えるってね」って、相手にされていない、みたいな。それぐらいしかできないっていう。こんな、まさにゲスの極みのごとき「イヌ」が主人公ですよ。なんだけど、それを演じるのが、よりによって、あの美しいチョン・ウソン!っていうですね、このバランスが素晴らしいですよね。これが本当に、ただの汚いおっさんがやっていたらちょっと……まあ『悪いやつら』とか、そういうのもありましたけども。今回のチョン・ウソン、もう登場した時から、ちょっと茶色というか、限りなく黒に見えるような焦げ茶の革ジャンに、猫背で……要は革ジャンの光沢とか、ちょっと猫背の姿勢も相まって、常になにか、いつも固い殻の中にこもって、自分を守って、なにかに耐えながら生きてきたような、グッと内にこもった感じの……姿勢・佇まいからして内にこもったキャラクター、それを含めて、見事に「汚れちまった」男の哀愁っていうのを、でも、やっぱりセクシーなんですよね、セクシーに醸し出している。

僕、個人的には今回のチョン・ウソンさん、登場した瞬間から結構終わりまで、ずーっと連想していたのは、芸能レポーターの阿部祐二さん(笑)。雰囲気からして、すごい連想していたんですけど。その、芸能レポーターという職業の、ある意味ちょっと汚れ感とかも含めて。でも、顔はすごく二枚目だし、みたいな。ということで、とにかく年齢を重ねて、いい感じの汚れ感が似合うようなったチョン・ウソン演じる悪徳刑事、主人公のドギョンという人が……まあ悪徳刑事って言うけど、はっきり言って今回の『アシュラ』の中では、刑事ごときの悪徳は大したことはなくて、それどころじゃない、スーパー悪徳市長。

「やっぱり市長がいちばんだ」っていう『ヒーローショー』のセリフ、ありましたよね? 「悪さをするなら市長がいちばんだ」っていう(イズムを体現するかのような)、悪徳市長パク・ソンべというキャラクター。これ、ファン・ジョンミンがですね……基本的にファン・ジョンミンって、人懐っこそうなキャラクターで魅力を出してきた人ですよね。『新しき世界』とか『ベテラン』とかでもそうですけど。この、ファン・ジョンミン持ち前の、人懐っこそうなキャラクターが、今回のパク・ソンベ役だと、要は無邪気なまでに混じり気なしの、完全自己中心的サイコパス……本当に人を人とも思っていないから、なんか無邪気に見えるっていう……要は、自分の人懐っこいキャラクターを、上手く反転して演じている。で、非常に最高の怪演を見せるこのパク・ソンベに、主人公ドギョンが、文字通り「飼い犬」として……要はこういうことですね。「なんで俺のこともっとかわいがってくれないんすか琥珀さーんっ!」っていう(笑)。で、「クンクーン!」って擦り寄ろうとしては、「バーン!」って蹴っ飛ばされたりしているっていうね。「犬のくせにうっせー!(ボーン!)」みたいなことをやられつつ、「クンクーン!」ってまだまとわりついたりしてるという。

で、その一方では、ねえ。こういう「権力を傘にきた最低野郎」を演じさせたら、もういまや第一人者ですね。クァク・ドウォンさんが演じる検事のキム・チャインというキャラクター。このクァク・ドウォンさんの顔つきは……これまたすいません、私の勝手な、個人的な連想で、EAST ENDのDJ YOGGY(笑)、もう本当にそっくりで。YOGGYもこういう役者をやればいいのになっていうくらい、完璧にそっくりなんですけど、まあ、それはいいや。とにかくこのクァク・ドウォンさん演じる検事の、権力を傘にきた感じが(また見事で)。たとえば、紙で人の頭を「やめてください。やめて」「ほら、なんだ、その態度は?」「やめて……」とか言いながら、パンパンパンパン、ずーっと延々、しつこく頭を叩き続けるあの最低な……つまり、最高な(笑)場面とかですね。

で、その検事キム・チャインにも、この悪徳刑事のドギョンはですね、もう完全に首根っこを掴まれて、言うことを聞かざるを得ない。要するに、さっき言ったみたいに、まずは虚勢を張るわけですよね。「おう、なんだなんだ? いつまでも俺はお前の言いなりじゃねえぞ?」。でも、「はい、これ見て(と、決定的に都合の悪い証拠を突きつけられる)」「あ、ああ、あ……すみません、すみません。なにをすればいいですか?」(笑)。すぐこういう感じになるという。で、そうこうするうちに、さっき言った悪徳市長の飼い犬の座さえ、チュ・ジフンさん演じるかわいい弟分……彼はちょっと、NEWSの小山さんっぽい感じでいいな!って思ったんですけどね。チュ・ジフンさん、俺のかわいい弟分に取って代わられちまった!っていうね。「調子に乗っているお前もお前だけど……なんでなんすか琥珀さーんっ! こいつより俺の方が働けるんすけど琥珀さーんっ!」っていうこの感じ (笑)。

で、そんなこんなで右往左往するうちに、とうとう身動きが取れないところまで追い込まれてしまった主人公ドギョンは、彼なりに知恵を絞って、一世一代の大勝負に出る。が、それこそまさに、文字通り「地獄の釜を開く」きっかけとなるのであった……という。で、ラスト40分間、葬儀場での、まさしく究極の修羅場、クライマックスへと向かっていくわけなんですけど、まずこの映画『アシュラ』は、そのクライマックスに至るひとつひとつのシーンに、なんかしらフレッシュなアイデアが盛り込まれていて。まあ、ノワールっていうジャンル、もちろん韓国ノワールも含めていろいろと作られていて、いろんなパターンが出尽くしているはずなんだけど、見せ方とかで、いちいちフレッシュなアイデアがひとつひとつ盛り込まれていて。そこがすごく楽しい。見ていて、「ああ、楽しいな!」っていうね。見せ方を工夫している作品でもあるんですね。

たとえば冒頭、薄汚い路地の中での追跡劇から、建物の屋上で一悶着があって……ここでまた、ガスボンベがそこら中にゴロゴロと転がっていたり、実際にガスを噴いたりするところがまた、絶妙な、「うわっ、なんか嫌だな」っていう感じを付加しつつ……一悶着あってからの、思わず見ていて「あっ!」って声をあげてしまうワンショットで、ある事件が起こる。あのワンショット、見事ですよね。とにかくこの一連のシーン、最初に見ていて、思わずつぶやいてしまったのは、「乱暴!」っていう(笑)。「乱暴だなー!」っていうね。

まあ、韓国映画、韓国ノワールは、日本人の目から見ると大概乱暴に見えますけども(笑)。コメディーとかでもそうですよね、大概乱暴に見えますけど、それでも本作は特に乱暴(笑)。暴力のふるい方にとにかく躊躇がないし、1個1個の暴力の重みが、やっぱりドスンと、重い。なんか「圧」がすごいっていうかね。だから、物を投げたりするのも、「あっ、意外と大きな物を投げるな」みたいな(笑)、そういうのとかですよね。あとは、たとえば後半に出てくる、顔面を殴打する場面とかも、あれ普通にね、こうやって殴って血が出るっていう描写にすりゃいいものを、わざわざ布をかける。で、そこで確実にその布に(拳を)当てて、そこからグバーッと血が滲み出す、っていうイヤ〜な感じの殴打シーンとかですね。非常に見せ方がフレッシュ。

その一方で、特に先ほどから言っている、ファン・ジョンミン演じる極悪市長周りの描写はですね、まあその極悪市長自体が、対外的にはわかりやすい偽善をまとっている。善人を演じている人なため、ものすごくユーモラスでもあって。たとえば、とある事情から下半身丸出しで……もう完全にフルチンですね。フルチンで相手を恫喝する(笑)ところとかですね、もちろんおかしいところでもあるのと同時に、さっきも言ったように、完全に純粋な自己中心主義……つまり、本当に他人を人とも思っていないから、全然チンコ出したままでも恫喝とかできるっていう、サイコパス描写としても成り立っていたりですね。あと、ここは主人公、飼い犬であるドギョンとの長年の主従関係、阿吽の呼吸が、やっぱり連携プレーとなって活きる、やらせ襲撃事件シーンとかね、思わず笑ってしまうんですが。

ちなみにここと、あともう1ヶ所後半の方に、ちょっと『ゴッドファーザー』チックな ……要するに、事件を暴力的に解決する一方で、表向きには社会的にいい人を演じているという、ちょっと『ゴッドファーザー』っぽいモンタージュシーン。この2ヶ所で流れる曲があって。これが『Way Down In The Hole』という曲。これはもともとトム・ウェイツの曲なんだけど、アメリカの、やはりこれは刑事物ノワール、HBOオリジナルのテレビドラマで『THE WIRE/ザ・ワイヤー』っていうドラマシリーズがあって。そのテーマ曲として結構知られている曲なんですよね。なので、ひょっとしたらそのイメージというか、オマージュというか、それもあったんじゃないかなという感じはします。ブルージーなんだけど、歌詞の内容も相まって、アイロニカルなユーモアがちょっとだけ漂う、みたいな感じなんですけどね。

で、ともかくそんな感じで、シーンごとに、なんかしら新鮮に見える工夫というのが用意されているこの『アシュラ』。その最大の見せ場は、これはもう見た人誰もがぶっ飛ばされるでしょう、中盤の、豪雨の中の、高速道路上のカーチェイスシーンがあるわけですね。これ、町山智浩さんも『たまむすび』の中でおっしゃっていましたけど、とにかくどうやって撮ったんだ?っていう、もうすごいカメラワークのカーチェイスシーンで。主人公の車と、その主人公が追いかけている外国人犯罪集団……これがまたね、『哀しき獣』の朝鮮族チーム級に、輪をかけて乱暴なんですよね(笑)。韓国人チームよりさらに乱暴のレベルが上がる(笑)というね。で、その外国人犯罪者チームの車を、主人公が追いかけていると。で、それぞれの運転席の中に、一旦カメラが入ったと思ったら、そこからまた引いて、全体を捉えてガーッとぶつかるところを見せて、また車の中に入っていったり、とかですね。

もちろんね、CGを含めたいろんなVFX、特殊効果をたくさん使っているのは間違いないでしょうけども、同時にたとえばチョン・ウソンの、ずっと運転しながら、ワーッ!っていろいろとやっているアクション。要するに役者のライブアクションも、ちゃんとひとつながりになっているショットだったりするので……ちょっと本当にどうやって撮ったかがよくわからない、とてつもないショットをはじめ、このシーン全体が、要はこういうことですね。主人公が完全に一線を超えてイカれ始めてしまったという。その主人公の内面とシンクロするかのように、もう異常なハイテンション。途中から、ある理由から火花がバーッ!って……もともと豪雨で、そこでパトライトでチカチカと青赤青赤ってなっていて(ただでさえ画面のテンションが高い)。で、主人公も、もう聴覚が、殴られておかしくなってて、「キーン!」ってなっていて、「ギャーッ!」って叫びながら(運転している)。で、横で火花がバーッ!って出て……もう、あまりのハイテンションぶりに、こっちもなんか楽しくなってきちゃうっていうね(笑)。

こんなカーチェイスシーンは、とにかく見たことがない。あえて言えば、「明滅するパトランプと豪雨」というあたり、ちょっと画の作り方の基本は、ドゥニ・ヴィルヌーヴの、『プリズナーズ』のクライマックスのドライブシーンに、ひょっとしたらインスパイアされたんじゃないかな?……っていうのは、これは僕の予想ですが。まあ、ここの含めて、たとえばクライマックス、ドギョンとさっき言った弟分のソンモの、極端なワイドレンズ使いでの格闘シーンを含め、これは前作『FLU』ではじめて組んだ、撮影監督イ・モゲさんという方……この方は、『グッド・バッド・ウィアード』とか『悪魔を見た』とか(を手がけてきた)って考えると、「ああ!」っていう、どちらもカメラが見事な映画ですけども……そのイ・モゲさんとキム・ソンスさんとのコンビが、とってもいい結果を出している。この『アシュラ』は、基本的に全体のルックが、そもそも素晴らしいです。



もう、ルックはほぼほぼ完璧な映画だと思いますね。で、さっき言った超修羅場な葬儀場。クライマックス40分間あるわけですね。ちなみにそのクライマックスの手前、主人公がグラスをガリッとかじる。あれはたとえば『仁義の墓場』、もしくは『エレクション』……ニック・チョンがガリッと盃を食べちゃうところ、ありましたけど。あれらのオマージュかな? みたいなのがあってからの、修羅場シーン40分間。特に、僕はやっぱりこの作品のキモは、人間が屈服する、心が折れるという描写のいたたまれなさだと思うので、ついに二大権力がぶつかり合って、片側が屈服させられるくだり。この場面の、「ああ、人間が折れた。そして人間の尊厳を完全にかなぐり捨てた」っていう瞬間のいたたまれなさ。これが本当にすさまじい場面だなという風に思います。


でも、そこに虫けらの、せめてもの一撃が加わって。最後はもう血まみれなんだけど、まあ清々しい余韻が残るという。最後にロバート・プラントの『Satan Your Kingdom Must Come Down』という曲が流れて。これまたちょっとブルージーな、皮肉な感じの歌詞の曲が流れて。ちょっと墨絵風なエンドロールのところまで含めて、世界観の完成度がもう完璧だと思いますね。ちょっとね。ちょっとだけ、「あれ?」と思う部分があるとしたら、その葬儀場クライマックスで、修羅場がもう始まって、要するにバッシャンバッシャン人が死に始めて、ギャーッ!ってなってから……その場面にまだ、葬式をやっていた室長のご家族、普通のおじさん・おばさんもまだいて。部屋の隅で怯えてたりとか、まだ残っていたんですけど……あの人たち、どこに行っちゃったんですかね?っていうね。まあ……殺られちゃったか?(笑) まとめてこれ(※宇多丸註:首を斬る仕草をしました)か。

あとはまあ、たとえばもうちょっとドラマ的な厚みっていうんであれば、パク・ソンベ、極悪市長と、主人公の蜜月感みたいな描写がもうちょっとあると、その「なんで捨てたんすか!」(といった感情的な部分がよりドラマ的に盛り上がったはず)とか……あと、その弟分との交流とか(も同じく、感情的な厚みをもっと増すやり方もあったはずではある)……まあ、でもそこは、そんなに厚みをもって描くと、また別の雰囲気になってきちゃいますんで。このとにかく突き放した、「イヌ」が主人公の、救いがない、人間を屈服させていく、闇に入り込んでいく韓国ノワール。僕はめちゃめちゃ面白かったですね。ぜひぜひ劇場でご覧ください!

(ガチャ回しパート中略 〜 来週の課題映画は『SING/シング』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

<以下、ガチャ回しパート 起こし>

まあ『アシュラ』の主人公、さっきから「犬、犬」なんて言っちゃってますけど、やっぱりちょっと胸を打つところがあるとしたら、やっぱり我々の人生の大半は、こういう権力と権力の狭間で、上に行くこともなく、右往左往して終わるわけなので。やっぱり彼の、ちょっと諦観に満ちた人生観みたいなところに、最終的にグッと来てしまう、というところもあるんじゃないでしょうか。素晴らしい作品でございました。

ということで来週のウォッチ候補作品6作品を発表いたしましょう……(以下省略)

◆過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!