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【映画評書き起こし】宇多丸、『サバイバルファミリー』を語る!(2017.2.25放送)

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル

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宇多丸:
ここから11時までは、劇場で公開されている最新映画を映画ウォッチ超人こと<シネマンディアス宇多丸>が毎週自腹でウキウキウォッチング。その<監視結果>を報告しつつ──

たとえば先週の『ドクター・ストレンジ』評なんですけども、ちょっとお詫びして訂正の部分というか。放送上で私、俳優さんの名前の、いわゆる「言いまつがい」がとっても多い回でございまして。マッツ・ミケルセンさん……『ローグ・ワン』にも出ていますけども、マッツ・ミケルセンさんを「ミッツ・マケルセン」って言ったりとか(笑)。ティルダ・スウィントンさんも「ウィンストン」さんとかたぶん言っちゃっているとか。そんな感じで、ちょっと名前間違いが非常に多くて本当に申し訳ありません。お詫びして訂正しつつ、これは本当に大いに反省したいと思っております。ホームページに上がっているみやーんさんによる公式起こしの方では、先に訂正させていただいておりますが、改めてお詫びさせていただきます。

──という感じでやっている映画評論コーナーです。スペシャルウィークの今週扱う映画は、先週、「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して決まったこの映画……『サバイバルファミリー』

(BGM:テーマ曲が流れる)

『ウォーターボーイズ』『ハッピーフライト』の矢口史靖監督が、電気が止まった東京から脱出して新天地を目指す家族の姿を描いたサバイバルドラマ。亭主関白だが、実は頼りない父を小日向文世。夫に追随する母親役を深津絵里。息子役を泉澤祐希。娘役を葵わかなさん――この2人はオーディションで通ったっていう方ですけども――が、それぞれ演じているということでございます。

ということで、この『サバイバルファミリー』をもう見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>のからの監視報告(感想)メール、いただいております。ありがとうございます。『サバイバルファミリー』、メールの量はまあ普通ぐらいということなんですけども。賛否の量は「賛」、褒めている方が6割、「否」、けなしている方と「まあまあ」が残り4割を分け合うといったぐらいでございます。

褒めている方の主な意見は、「全体的にはコメディタッチだけど、電気を失うことの恐ろしさがジワジワと描かれて恐怖を感じた」「3.11以降の日本映画としてかなりの秀作」などが多く、「矢口監督の最高傑作では?」という声も目立った。反面、否定的な意見としては「主人公たちのサバイバル生活にリアリティがない」「主人公一家の行動がバカすぎてイライラした」「ストーリーが単調」などなどがございました。

代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「シャア専用ブス」さん。「僕自身、いままで矢口監督作品は『どちらかと言えば好きな監督』という位置づけだったのですが、そういう私がいかにナーメテーターだったのかを思い知ることになった、まさに会心の作品だったと思います。3.11以降を描いた映画としても最高レベルの出来じゃないでしょうか? 会社の玄関ガラスを叩き割るシーンの『もう戻れない』という暗示のシーンから、東京で難民状態になる展開はもう隙のない体感型映画としての面白さがありました。全体的にフランク・ダラボンの『ミスト』のような人知を超えた異様な空気が支配しつつも、しっかりギャグに落とし込むところはきっちり落としていて、もう矢口監督を『比較的面白い映画をたくさん撮るおじさん』という見方から、『現代日本映画の巨匠に片足を突っ込んでいるレベルのおじさん』と見方を改めようと本気で思った一作です」という。いちいち言い方が失礼っていうね(笑)。まあ、非常に褒めている方でございます。

一方ですね、ダメだったという方もいらっしゃいました。「コンボイケーキ」さん。「『サバイバルファミリー』を見ての感想ですが、個人的には舌打ちが多めの作品でした。序盤のイマドキの暮らしをしている鈴木一家が電気が使えなくなってマンション内での暮らしに困るところは楽しかったのですが、いよいよ電気が復旧しないとなって東京を脱出してからの、自分のミスで窮地に陥る展開にひたすら舌打ちの連続でした。『コメディだから』と言われたらそうなんでしょうけど、お父さんがひたすら無能でトラブルを自分から起こしていくところがまあ舌打ちポイントでした……」と。

で、いろいろと書いていただいて、「……実際に電気がなくなったら、『北斗の拳』みたいな世界になって略奪・暴動が起きたりもしそうだし、◯◯◯◯の……」。あっ、言っちゃった!(※宇多丸註:実際の放送ではもちろん具体的な女優さんの名前を口にしていますし、宣伝などでも特に伏せられているようなキャストではないんですが、未見の方にはできればやはり、なにも知らずに観たときの「うわ〜、ピッタリすぎこのキャスティング!」という高揚を味わっていただきたいので、ここではやはり一応伏字にさせていただきます) 「……(その◯◯◯◯らが演じる)家族を主役にしたら、なんか映画『オデッセイ』になりそうだから……」。要するにね、お利口な家族がいるんですけどね。「……コメディを作ろうとしたら、これが限界なのかな? とも思いますが、あんまり楽しめなかったのです」という。私がいま出した名前はみなさん、忘れて次の評を聞いていただきたいと思います(笑)。これね、伏せておきたかったんだよな。うっかり読んじゃった。なんですけども、賛否両論あったというメールでございました。皆さん、ありがとうございました。

ということで、『サバイバルファミリー』。私もTOHOシネマズ渋谷とTOHOシネマズ日本橋でそれぞれ1回ずつ、2回見てまいりました。前作『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』という作品を、当コーナーでは2014年5月24日に扱って。で、非常に高く評価させていただきました。矢口史靖監督作品。たしかね、『WOOD JOB!』は、リスナー年間ランキングでも9位とか、すごくリスナーにも人気が高かった作品ですよね。それから3年ぶりということで、結構間が空いての新作ということですね。ただまあ、その『WOOD JOB!』評の中でも私、言いましたけど。個人的には矢口史靖さんが作る映画はですね、作品ごとに結構評価の波がありまして。

たとえば、矢口さんの本格ブレイク作というか、一般に向けて名前が知られた『ウォーターボーイズ』(2001年)を、僕はみなさんほど評価していない。これは『WOOD JOB!』評の中でも言いました。あと、『ハッピーフライト』(2008年)と、さっき言った『WOOD JOB!』という2本の――これは傑作だと思います――この2本の傑作に挟まれた、『ロボジー』(2012年)。これは僕ははっきり、失敗作だと思います。というようなことを『WOOD JOB!』評でも言いましたけど、まあそういうことがあるため、正直今回も、どっちに転ぶかな? という感じで初見に臨みました。で、実際にどうだったか? というと……これは好き嫌いというか、非常に評価が分かれる作品のようですけども、僕はすごく面白かったです! 今回も矢口史靖作品の中で、かなり好きな部類に入る一作でした。

ただしですね、前作『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』が、これは評の中でも言いましたけど、矢口史靖監督の資質……いわゆるウェルメイドなエンターテイメント性と、これは自主制作映画時代からの持ち味である、毒っ気というか非常にバッドテイストな感じね。悪趣味なギャグの感じとかが、ちょうどバランスよくまとまった、比較的万人におすすめしやすい一本だった。『WOOD JOB!』はね。前作はそうだったのに対して、今回の『サバイバルファミリー』はですね、ぶっちゃけやっぱり、みなさんからいただいたメールで感想が非常に分かれるのもわかる。結構好き嫌いは分かれるのはわかる、っていう作品だとは思いました。

この『サバイバルファミリー』の物語のアイデア自体は、『ウォーターボーイズ』の直後に出ていたものっていうのもあるのか、どちらかというと、『ウォーターボーイズ』で成功するより前の作品群に濃厚だった、毒っ気とか、言っちゃえば観客に対する悪意のようなものが、久しぶりに前面化したような一作という感じだと思います。いや、むしろそれら過去作……たとえば、『裸足のピクニック』とかね、『ひみつの花園』とか、『パルコフィクション Parco Fiction』とかいろいろあるんですけど。それらと比べてもですね、今回の『サバイバルファミリー』の、観客を突き放した作りっていうのは、ちょっと突出していると思います。要は矢口史靖さんのフィルモグラフィーの中でも、はっきりと今回の『サバイバルファミリー』は、かなり異色作だと思いますね。結構フィルモグラフィーの中でも変わっている一作だと思います。

あえて言えば、矢口さんが鈴木卓爾さんという俳優さん・監督さんと一緒にずっと作っている『ONE PIECE』っていうショートショート集。固定カメラで1シーン1カットのショートショート集があって、その『ONE PIECE』の中の、『二人ぼっちの惑星』っていう一編が、あえて言えばこの『サバイバルファミリー』に近いかな? ある部屋の中で、男女が地震だかなんだか……とにかく大きな何かが起こったんでしょうね。家の中の物に押しつぶされて、身動きが取れなくなっている男女。だからたぶん、外では巨大なカタストロフ……巨大な災害らしき出来事が起きているんだけど、それを非常にミクロな視点から、毒っ気たっぷりに描くという点で、まああえて言えば、その『ONEPIECE』の中の『二人ぼっちの惑星』と、この『サバイバルファミリー』は、通じるところがあるかなと思いましたけどね。

ということでですね、今回の『サバイバルファミリー』。宣伝とかのトーンから、「『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』の矢口史靖監督最新作!」みたいなね、そういう軽快なコメディーとか、わかりやすいエンターテイメント性。まあ、カラッと笑えて楽しめて……みたいな、そういうところを期待して来た観客は、間違いなく困惑すると思います。予告の感じと全然違います。はっきり言って、たとえばゲラゲラ笑うようなところっていうのはあんまりなくて。むしろ、ほぼ全編、イヤ~な感じっていうのがね、のっぺりと貼り付いているような、そういう作品なんですよね。なにしろですね、劇中、いわゆる劇伴ね。劇中の音楽さえ、先ほど流れたSHANTIさんが歌っているエンドロールの主題歌(「Hard Times Come Again No More」)を除けば、僕が数えた限りだと、たぶん4ヶ所しか流れないという感じだと思います。

しかもそれも、後半ちょっとドラマが感情的に盛り上がって来た時に集中しているので、特に前半は、異様なまでに静かですね。最初に羽田空港に着くところではじめて、「ブオォォォォォォ……」って、なんか不穏な音楽っぽいことが流れ出すぐらいで、それまでは全く音楽なしです。要するに、あの羽田空港の場面っていうのは、ねえ。警察が出てくるんだけど、それでも治安がキープできない。もう完全に社会秩序が崩壊しているというのを示す場面なんで、あそこで決定的にもう、一線を越えるところなんで。あそこで「ブオォォォォォォ……」ってなるけど。そこまでは全く音楽が鳴らない。異様なまでに静かで、淡々と、非常に突き放したトーンで一貫して前半は描かれる。

で、この「静かさ」っていうのがね、恐らく演出意図でもあって。たとえば、最初ね、オープニングで普通の暮らしの描写があって。で、夜、「寝るよ」なんていってブラックアウトして、『サバイバルファミリー』っていうタイトルが出て。で、夜が明けて、ある朝が来ると。そこから先、全ての電気が止まっているということに気がつくわけですよね。まあ、電池も含めて全ての電気的な……まあ、これははっきり言って、SF的な突っ込みを入れだすとかなりいろいろ言いようがあるっていうね。たとえば、全部電気が止まったら原発はメルトダウンしちゃうだろとか。あと、生体電気はどうなる? とか、そういうことを言い出すとね。人間の体にも電気が流れているんだけど……みたいな。まあ、そういうのを抜きに、いわゆる電気・電池が止まったというその朝があるわけですけども。

この映画、全編を通じて主人公家族の目線で見たもの、知りうることしか描かれないという作品なので、当然その時点では、この停電っぽいものはどのぐらいの規模のものなのか? というのは、主人公家族にも、我々にも、まだよくわかっていない段階ですね。朝起きて、まずは目覚ましが止まっている。テレビもつかない。「あら、停電かしら?」なんて。「でも、電池もこんな一度に止まるか?」なんて言っているところね。ここ、まあでも、起こっていることはその程度のことなんだけど。ここ、でもね、見ているとなんかとっても変な感じがするんですよ。見ていると、「あれ? なんか……?」って。これ、なぜか?っていうと……僕、2度目に見てよりはっきりと「あ、そういうことか! こういう演出だったんだ」って確信したんですけど。

実はこのシーンから、その前のところのいろんな生活シーンでは鳴っていた、要は都市ならではの生活音。たとえば、もちろん車が遠くでブーッて行っている音であるとか。あるいは、部屋の中のちょっとした冷蔵庫とかのブーンっていう音とか。とにかく、生活している時に無意識に耳に入っているノイズ。それは映画で言えばSEで当然入れるわけですけど、そのSEが一切鳴っていない。完全に無音の中で、人の声だけがしているっていう。それがね、やっぱり普通の映画を見ている感覚だと、異様なんですよね。「あれっ? なんかおかしい」って。そういうような、だから、それだけで異様な空気っていうのを演出できるのかという。実はそういう感じでやっている。

事程左様にですね、この『サバイバルファミリー』では、特に序盤はですね、表面的にはこれまで通りの日常の暮らし、日常的光景の延長で、ただ電気が止まっただけですっていう感じに見えるんだけど、そこにうっすらと不穏な空気を漂わせつつ、次第に、少しずつ少しずつですね、日常的光景が、「内側から腐敗して崩壊していく」ような感じっていうのを、少しずつ少しずつ見せると。しかしやっぱり、淡々としたトーンは崩さずに描いていくという感じですね。たとえばカメラワークなんかもですね、極力「作為感」を感じさせないカメラワーク……要はカットを割りすぎず。細かく割るとやっぱり、「ああ、劇映画だな」っていう感じになるし。かといって、エマニュエル・ルベツキ(のトレードマーク的なカメラワーク)みたいに、「はい、よくできた長回しです!」みたいな、「長回しです」っていうことが目立っちゃうほどは長回ししすぎず。また、手持ちカメラなんだけど、いわゆる「ドキュメンタリックな映像です!」っていう感じでグラグラ揺らしたりはせず……だからとにかく、「作為」が全く感じられない(カメラワークに徹している)。

なんだけど、たとえば闇とかになると、途端にもう、真っ暗に潰れたような表現で(やはり電気が完全に消えた世界というものの異様さをさりげなく伝えている)。これは葛西誉仁さんというカメラマンさんによる、非常に見事な……抑えているけど、非常に見事な仕事だと思うんだけど、そういうカメラのトーンとかも含めて、非常に淡々としたトーンで描いていくわけですね。で、これね、アメリカのそれこそ、大掛かりなディザスタームービーとかを見慣れた目からするとですね、たしかにこのへんを「退屈」という風に感じる人は多いかもしれないとは思うんです。非常に淡々としているし、そんなに大きな事態が急に起こったりはしないので。ただ僕は、この要はね、自分が浸かっている「ぬるま湯」ですよ。ぬるま湯にポカーンと浸かっているうちに、そのぬるま湯が……よく、カエルが気づかない(茹でガエル)って言いますよね? ぬるま湯を温めていくと、気づかないうちに熱くなっていって、いつの間にかもう死んじゃうよ!っていうぐらいの危険な温度になっちゃっていた、みたいな、そういう感じで。

言ってみれば、静かに進行していく不穏さ、終末感みたいなのが、数ある文明社会崩壊物……まあ、いっぱいありますよね。大災害物もそうですし、ゾンビ物ももちろん文明社会崩壊物に入ると思うんですけども。そういういっぱい無数にある映画の中でも、意外と、この日常の延長の中で、「いや、大丈夫でしょ? まだ大丈夫。まだ大丈夫。まだ大丈夫……」って言っているうちに、どんどんヤバくなっていくって、この感じのアプローチは、意外とありそうでなかったんじゃないか? 言ってみれば、日本社会ならではのサバイバル物というか。新鮮に感じましたし、それこそやっぱり2011年3月11日、東日本大震災後の諸々を当然の如く思い出させられもして、結構僕は、リアルな怖さも感じました。

特にこの部分ですね。要は、「いまのこの住んでいるところに、このまま居ていいのか?」っていうね。「ひょっとしたら、ここに居続けると取り返しがつかない、命取りになるんじゃないか」「かと言って、じゃあどこにどう行くの? 行って、どうやって生きるの?」みたいな感じ。これって意外と……たとえばゾンビだったらもう、ゾンビが街に増えちゃって、とてもそこに住んでいられなくなるっていう、(すぐにそこの判断はつく)ディザスター物は多いんだけど。住めはするし、一応雨露はしのげるんだけど、このまま居ていいのかな……っていうこの感じは、すごくリアルな怖さだと思うし、意外と描かれていないところだと思う。だし、もちろんこれ、同じ設定で他の国が舞台だったら、絶対に速攻、まあ先ほどのメールにもあった通り、暴力が前面化するはずですよね。『北斗の拳』的な、ポスト・アポカリプス物になっていくはずなんだけど、まあ日本じゃあ実際、このぐらいの状態が結構長く続くんじゃないかな? というような感じの温度感。

ただし、「人心はしっかり荒廃している」という感じは描かれていますよね。あの銀行の場面然りですね。たとえば、自転車を盗もうとしている男がいて、「おい!」って言うと、「お、お、おお……」っつって、なんか非常に挙動不審な感じで去っていくとかね。

なんかこう、人心の荒廃ぶりが随所に描かれていて、それがまた静かな、淡々としたイヤ~な余韻を残す。要はすごく日本的な……で、たぶんこの映画には描かれていないけど、やっぱり暴力とか、イヤ~な事態は、そこここで起こっているに違いないという、その不穏な感じは漂わせているという感じですね。なので、とにかく僕、『ハッピーフライト』の時に、要は「このぬるま湯な感じがいい」と(評した)。『ハッピーフライト』が、「微温航空パニック物」「微温エアポート物」だとして……つまり「本当に深刻な事故は起こらないエアポート物」だとするならば……今回の『サバイバルファミリー』は、「微温ディザスター・ムービー」なわけですよね。SFというよりは寓話だと思いますけども。要は、科学的な突っ込みとかをしだすと、結構キリがない感じだと思うんだけど、まあ寓話としての「微温ディザスター・ムービー」。

ただし、その「微温」が……『ハッピーフライト』はその微温、ぬるま湯感が心地いい映画っていう感じで、本当に何度見ても多幸感というか、いい感じになるんだけど、今回の『サバイバルファミリー』では、むしろその微温が、さっき言ったように不穏さとか、もっと言えば不快さを常にはらんだものとして……もちろんそれは意図的になんですけど……描かれているということですね。実際に僕も含めて、日本の普通の観客が見ていれば、かなり居心地が悪い思いを強いられるタイプの映画なのは間違いないと思います。ちょうど『26世紀青年(原題:Idiocracy)』がアメリカの観客に総スカンを食らったように……要するに「(作品内で戯画化されているのは)お前らだー!」って言っている作品なので。もちろん、ある程度デフォルメ、ステレオタイプ化はされているんだけど……でもやっぱり、劇中で描かれているように、ブラックボックス化したテクノロジーの安楽さにスポイルされきっているいまの我々が、生き物として実はかなり脆弱な存在に成り下がっている、というのはこれ、明らかな事実だし。

特にやっぱりね、なまじ父権的なもの、昔ながらのお父さんらしさみたいなものを背負おうとしているだけに、小日向文世さんが、他の人選は考えられないほどのハマりっぷりで見事に演じる父親の、まあいざという時の役立たずっぷりっていうのが、本当に痛々しく……というね。でも、だからこそ僕は、彼が彼なりに必死で「父親らしいこと」っていうのをしようとジタバタする姿に、ちょっと涙してしまったんですけども。はい。彼が土下座するところとかね。言ってみれば、淡々と描かれる『宇宙戦争』のトム・クルーズ、というか。あと、『岸辺のアルバム』を思い出したり。これ、せのちん(妹尾匡夫)さんも言ってましたけど。川で流されるところとかも含めて、『岸辺のアルバム』を思い出したりなんかしましたけど。ということで、そのお父さんの痛々しさに、僕はちょっと涙してもしまったんですけどね。

一方で、対照的に、その旅の途中で出会うですね、いわゆる「意識高い系」家族というね。先ほど、ちょろっと名前を出してしまったんですけど。ここ、本当にキャスティングを見て笑ってほしいんですよ。キャスティングが完璧なんですよ! 意識高い系が出てきて、非常に生き残り能力も高いし、異常事態になっても非常に小ざっぱりと生きていて。まあ、主人公家族と対照的。全く間違ったことを言っていないし、やっていないし、いい人たちなんだけど、なーんかその圧倒的な正しさ……腹立つ!(笑)っていうね。これ、ちなみにパンフの紹介文で、「イケてるけどいけ好かない○○」って書いちゃってるんですけども(笑)。まあ、その対比とかも、すごく胸が痛くなると同時に、こう……同時に、「この人たちが言っていることは正しいんだけど……なんかなぁ!」っていうね。「楽しまなきゃ損じゃない?」みたいな(ことを言うんだけど)……なんかなぁ!(笑)

まあ、とにかくですね、この主人公家族が住まいを捨てて自転車旅に出て以降はですね、「“この1日”を生き延びるだけでも、これだけ労苦を味あわなければならないのか」っていう。つまり、生きるって大変すぎる!っていう、一言でいうと「苦行感」がずっと続くので……もちろんそれも作品意図なわけですけども、それを楽しめない、楽しくないという観客は、一定量出てしまうのはしょうがないかなという風に思います。生きること自体の苦行感と、あと、文明の火が少しずつ消えていってしまう感じっていうのは僕、全然作品としては違うんだけど、タル・ベーラの『ニーチェの馬』っていう映画、前にちょっとこの番組で春日(太一)さんをゲストにお招きした時に言いましたけども。『ニーチェの馬』をちょっと連想したぐらいでした。

で、加えて最終的には、「もうダメだ。この世界では、もう我々のような人種は生きていけないんだ」っていう絶望的な状況までいく。さすがここは矢口史靖監督と言うべきか、わりと容赦なく追い詰めてくる。結構ガチで怖いくだり。しかも、序盤で出てくる「ある描写」がちゃんと伏線になっている、非常に怖い、ある追い詰め描写があったりする……からこそ、もうこれは何ていうの? 非常にベタな「ラストミニッツ・レスキュー」。いわゆる絶体絶命、危機一髪からの……っていう、映画では昔から、『駅馬車』の頃からある、「ラストミニッツ・レスキュー」が非常に大きなカタルシスを生み出す。特に本作のようにですね、それまでの物語の水準とは違う、一種の「飛躍」がボーン!とあって、それが出てくるパターン。僕、「ああ、映画だな!」っていう感じがして、大好物の展開でございました。

「人間の文明はもう終わりなのか?」って絶望させておいてからの、「文明キターッ!」っていう……このクライマックスを含めて、この『サバイバルファミリー』は、ともするとですね、要は「田舎でロハスな暮らしがいちばん」っていう、そういうちょっと、安易で説教臭いオチにひょっとしたら行きかねない……俺、(もしそういうオチ)だったら嫌だな、と思って見ていたわけですね。なんだけど、別にそんなことは言っていないんですよ。文明自体を否定、批判しているわけじゃなくて、むしろさっき言った、ブラックボックス化したテクノロジーにスポイルされて、思考停止する癖をつけてしまった我々に対する警告であり、批評でありということなんで。むしろその、人類の知恵の積み重ね、文明をリスペクトしながら生きろよってことだから、ちゃんと『K.U.F.U.』(※宇多丸註:RHYMESTERの同名曲がそういうテーマなのです)な着地に落ちていて、これはすごく好感というか、安心したところです。

「ああ、ちゃんとそういう(安易な)文明否定に落ち着いていない」っていうところはよかったと思う……ただ、それだけにちょっとね、言いたいのは、カツラネタ。あの小日向さんがつけるカツラがね、「大して変わらねえじゃねえか!」っていうあの塩梅(笑)とかはおかしくて楽しいんだけど、これ、うちの番組アドバイザーのせのちんさんも言っていたけど、捨てることはない。否定することはない。むしろ、カツラにしろ、同じように揶揄の対象になっているつけまつ毛にしたって、たしかに直接生存の役に立つものじゃないけど、むしろ極限状態でも人間の尊厳を守るのに大事なのは、そういう自分にとっての身だしなみとか……そういうのって、結構大事なんですよね。人間の尊厳を守るために。

なので、むしろ否定されるべきじゃないんですよ。カツラもつけまつ毛も。ちょっとこういうところがですね、『WOOD JOB!』の若者描写にも(通じるあたりで)、ちょっと文明批評がステレオタイプすぎないかな?っていうのは感じました。なのでラスト、カツラをあれ、お父さんが、捨てるんじゃなくて、戻ってきたカツラを、ホコリを払って、もう1回、プライドを持って、バシーン! 装着!っていう感じで、「俺、カムバック!」っていう感じで(笑)やったら、僕、もっと好きな映画になったのになと思います。でも、小日向文世さんは本当に、「いまの」日本のお父さん、感じ悪さとか、人としての小ささ、ゆえの空回りがちょっとキュートでおかしいというバランスも含めて、本当にもうパーフェクトなキャスティングと演技だったと思います。

(小日向文世の)新たな代表作となるのは間違いないんじゃないでしょうか。あと、「淡々としてる、淡々としてる」っていうけど、これ見よがしに「ドヤ!」なスペクタクルな画がないだけで。わざわざそういう見せ方をしていないだけで、たとえば高速道路で人がゾロゾロしているところとか、冷静に考えて、よく日本映画でこんな画が撮れたな!っていうシーン、いっぱいありますし。

まあ、いまの日本ならではのディザスター・ムービーという意味で、3.11トラウマを刺激するという意味でも、『シン・ゴジラ』の、ある意味真逆の視点ね。市井のミクロな視点で通すという意味でも、非常にフレッシュな視点。こんなディザスター・ムービー、見たことがないし、日本で、しかも矢口史靖しか撮れないなという意味で、僕はものすごくフレッシュで面白かったです。好き嫌いは分かれると思いますが、ぜひぜひ。一見の価値はあると思いますので、ぜひぜひ劇場でご覧ください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ナイスガイズ!』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしはこちらから!